日中一時支援③ | レット症候群患児の記録と母の戯言

レット症候群患児の記録と母の戯言

マイナーな病気、レット症候群。進行性の神経の病気。何も出来ない娘、そして私。1才程度が成長のピークだった娘の記憶と記録。


日中一時支援制度。

私はこの制度を知り、多少でもユキと離れることができるようになり、少し力が抜けました。



この制度、利用にあたって2つのカベ、があるように思います。

全くの個人的感想。



1つは物理的なカベ。
1つは心理的なカベ。




まず。


どうこの制度を知るか。
どうやって知るか。

これが物理的なカベ。


初めての福祉の世界に入る障害児の親達。

知りようがない。
全く知らない世界に放り込まれた、しかもまともな精神状態ではない。
知り合い?
いないよー!


どうしろと?




この制度を私が知ったのはユキが1才3ヶ月の頃。


自分でいうのも何だけど、息も絶え絶えでした。

同時に、緊急避難先?も教えられました。


もうどうしようもないと思ったら子供連れて駆け込んだらいいから、連絡なしでいいから。

なんかしでかしそうな雰囲気が漂ってたのかしら。




でも、そこまで追い詰められないと行政からの手は差し伸べられないのかもしれない、とも思います。
(突き放す行政機関もあります。保健所。保健師。偽善の支援員。許せないという想いは間違っているかしら?)




私にこの制度を教えてくれたのは、1才1ヶ月からリハビリに通っていた療育センターの心理士さん。

誰にも言えない気持ちを抱え込んでいた私は、心理士さんに仕事として聞いてもらうよう頼んでいました。


嫌な仕事~>_<
すみませんでした!!


で、3回目の面談時にこの話がありました。




あなたはユキちゃんと離れた方がいい。


ホッとしました。

離れることができるんだ。
ユキを。
見なくてすむんだ。。


1才前半、可愛い盛りなハズのこの時期。

私はユキと離れたかった。
見たくなかった。

悲しいな、と思います。
酷いな、と思います。


こうした経緯で、日中一時支援制度を私は知りました。



ママ達の作ったNPO法人も同じ心理士さんから聞きました。

あとは、誰もそんな話、しません。



物理的なカベ。





心理的なカベ。


私は月に5回程度、5時間程度ユキと離れます。

全くユキを気にしない時間を過ごします。


などと言っても頭から離れるわけはないワケで。



1才です。

本当ならずっと一緒の時間を過ごすハズだった。

それが私の都合で他人の手に預けられることになりました。



保育園とは訳が違う。
ただ単に離れたいという、都合。


罪悪感、あります。


小さいユキを預ける罪悪感、離れたいと思う自分への嫌悪、そう生まれついたユキへの想い、感情に振り回される私。

惨めだなぁ。




これが心理的なカベ。

考え過ぎかなぁ^^;






なんて、いろいろ言っても結局私は制度を知り、それを利用して生活している。


私には確実にプラスだし、ユキにも必ず良い結果をもたらすものだと、思っている。


例えば。
この先、人の手を借りずに生きていくことは出来ないユキ。



沢山の人と触れ合ってほしいと思う。
多くの人に少しでも可愛がられてほしいと思う。
少しずつの愛情を沢山の人からもらってほしいと思う。

どんな人でもやっていける柔軟性を身につけてほしいと思う。

介助してくれる相手は親でなくていい。


そうなってほしい。
ユキはそうならなくてはいけないから。


ゴメン、ユキ。






こんな気持ちも含めて、障害者の世界は綺麗事じゃ済まされない、ということなのかなぁとか思う今日この頃。
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