矛盾 | レット症候群患児の記録と母の戯言

レット症候群患児の記録と母の戯言

マイナーな病気、レット症候群。進行性の神経の病気。何も出来ない娘、そして私。1才程度が成長のピークだった娘の記憶と記録。


昨年に書いていた記事。

2013年10月。


…浮き沈み激しい私の感情。

アップを迷って早9ヶ月。


このブログ自体は感情の掃き溜めみたいになっているけれど、この記事に書いた私の感情もホンモノです。

書いたあの頃も、今も。








「時々思うんです。

ユキが生まれたことで私の人生は豊かになるんじゃないだろうか、って。

普通の家族であれば、どんな道筋を辿ってどうなっていくか、大体分かります。


でも今は特殊事情を抱える特別な家族になりました。

何がどうなるか私には予測がつきませんが、確信としてあるのは

困難苦難は山のように襲ってくる。

ということ。




でも。

思いも寄らない出来事があるかもしれない。

思いがけない人と出会うかもしれない。


それは良いことかもしれない。



自分で切り拓いていく未来。



ユキは私を促すために生まれたのかもしれない。



そう思う心は本当にあるから自分でも驚き。



ただ、そういう想いはあっても、普通の子として生まれて欲しかった。

病気なんて背負わずに。





それでも。

これから過ごすユキとの日々。

いつかこんなブログ書いていたことを笑い飛ばせたらいいなと思います。」









矛盾。


未来への暗澹たる気持ち。

未来へ期待する気持ち。
ちょっぴり。


後者はいつも留まっているわけではないし、小さな感情であるけれど。





ユキが普通の子として生まれ、普通に育っていれば、10年後私は何を思ってどんな生活を送っているか、正直容易に想像できてしまう。


アラフィフになった私。

自分には何もない、と空虚感に嘆いている。

間違いない。




んでもって、大抵の人が迎える(すみません、コレ勝手な思い込み。そう違っているとも思えないけど。)老後を迎える。


孤独な老後。



その前に受験やら親の介護やらいろんな問題もでてくるんやろうけど、そこは今も一緒なんで割愛。




あー、有る意味安心。

分かっているから。

でも、確実に虚しい。







ユキが生まれて約2年半。


光が見えたわけではない。

穏やかな気持ちを手に入れたわけでもない。

確固たる仲間ができたわけでもない。




でも、生まれる前の30数年間よりも余程世界は広がった。

これまでとは違う繋がり、大切な関係が見えてきた。






これまでどんだけ狭い世界しか見えてなかったん?って感じる。

見ようとしなかった、ってのもあるんだけどねー。






なんか自由になった気分。




きっと私の人生、豊かになる。











死を迎える時、

あー、生きたなぁ…

シミジミ思える、そんな生き方ができる強烈なチャンスをユキは持ってきたのかもしれない。


強がりではなく、なんとなくそんなことを感じる。


これも事実。
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まぁ自分が動かないとどぅにもならんけど…。

…ム~リ~(>人<;)