夢と外国との関係(1) | 日本ボディーケア学院日記

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谷口光利です。

本当の新年が始まるとさえ言われている

2月3日の節分の朝、とても面白い夢を見ました。


その話をあなたにもシェアしたいのですが、

その前に前振りがちょっとありますが付き合ってくれますか?


この私が見た面白い夢は、外国語を学び始めた外国語学習ビギナー、

また、これから外国語を勉強したいと思っている人への

ヒントになるかもしれません。


では、どうぞ!


1988年、私は中国で本物の東洋医学を勉強したいと思い、

中国に留学する事を決めました。


中国の東洋医学の専門大学に、留学資格を問い合わせると、

「授業を理解できる程度の中国語ができる事」とありました。


一般的の語学留学ではなく、専門大学で学ぶ場合は、

普通、1年程度の語学留学を終えてから

専門の大学へ進学するのが普通なのだそうです。


しかし、少しでも早く本物の東洋医学を学びたかったので

私は当時、中国と日本の貿易会社に勤めていた叔父にお願いして、

私が留学を希望している広州中医学院(現在の広州中医葯大学)に

直談判をしました。


叔父は中国人が驚くくらいの中国語を操る《中国語の天才》で、

留学経験もないのに大学生時代には中国からの要人が日本に来た時、

政府から通訳として依頼が来る程の人でした。


そして、その叔父の強力な交渉力のお陰で、


なんと「入学前に大学で試験をするので、それに谷口さんが合格すれば、

語学留学しなくても入学を認めます。」


という約束を取り付けてくれたのです。


当時、私は22歳。

針灸専門学校、そして柔道整復師の専門学校を卒業し、

大阪市内の整形外科のリハビリ科で働いていたのですが、


この叔父の恩義に必ず報いなければならないと思い、

病院勤めをしながら、中国語の学校に通い始めたのです。


その時の目標は「1年のカリキュラムを半年で終了させる!」でした。


しかし、初めての中国語はとにかく難しかったです。

そんな時、私の叔父は一言、こうアドバイスしてくれました。


「とにかく中国語をいつも聞く事だよ」と・・・


それからの私はカセットテープを聴くためのウォークマンを購入し、

中国語のテープを時間がある時に、ずっと聴くようにしたのです。


つづく