提灯記事は効果的?
誰しも悪くは書かれたくは無い、良く書かれたいとは思うもの。これは当然だと思います。
しかし悪いことは一切書かれたくないという方も中にはいます。では悪いことは一切書かれない、良い事ばかりの”提灯記事”が本当に良いのでしょうか?
提灯記事とは、持ち上げたい相手に媚びへつらう”提灯持ち”から来ている言葉ですが、良い事ばかりしか書かれていない記事が出た際、発信者側は嬉しいでしょうが読み手にとってはどうなのでしょうか?
悪いところは一切ない、100点満点と言われて100%受け入れる方は少ないと思います。逆にこの分野では多少劣るものの、この分野では群を抜いている。或いはこれらの課題があるものの、既に策を講じておりその効果も出始めていると書かれたらどうでしょうか。信用できる情報と思えるでしょう。
これらの違いは何かと言えば、”検証機能の有無”だろうと思います。
単に良く書かれただけの記事はあくまでも自己満足に過ぎず、効果的な記事は悪いところも含めて書かれた記事と言えます。記者の仕事は検証作業であり、下手に良く書かれたい、悪いことは書かれたくないと記者に働きかけることはこの検証作業を省くことであり、記事の信憑性を失うばかりか記者との関係も悪くなり、単なる自己満足だけでその他はなにも良い事はありません。
効果的な記事とは、”検証された記事”であることを再認識する必要があると思います。多少課題の様なことを書かれたとしても、数多くの取材対象の中から社会的に”検証する価値のある会社”と選ばれたという発想も重要だろうと思います。
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