3月11日以降・・・



あの地震以来・・・





多くの方がトラウマになっていることでしょう




私もその一人


今日の地震はあの地震の余震ということでしたが


久しぶりの大きな揺れにあの時の事を思い出し涙が出ました




私の友人は仙台市若林区に住んでいます。


幸い、旦那様の実家である山形にすぐに避難できて


事なきを得ましたが、連絡が取れたのは地震発生から4日後。




もともと東京出身で、まだ土地勘もないうえ


生まれたばかりの赤ちゃんを抱えて避難できたのか


とにかく心配で涙が止まらなかった





若林区の海に数千人の遺体が浮いている・・・


そんなニュースが繰り返し流れ、不安で押しつぶされそうになったあの日。





避難所へ逃げ込んだ方々が


食糧が足りない、生活用品が底をついたと涙ながらに助けを求めていた。




家族と連絡が取れず、避難所を回って探し続ける人々。





幾度となく押し寄せる、予想していなかった大きな津波。


家も街も何もかも流されていた・・・




そして命を失ってしまった多くの方々。




自分の無力さが悔しかった。


募金意外何もできないのか。


食料を分けてあげられないのか。


暖かい毛布を持って行ってあげられないのか。


不安でいっぱいの人を抱きしめてあげられないのか。


一人でも多くの方の安否を調べてあげられないのか。





私ができることなんてホントちっぽけで―――


でも、決して無力じゃない。微力。


微力だって誰かを助けてあげられるかもしれない。


動かなきゃ。何かやらなきゃ。みんなで助けなきゃ。




大きな力がある人は判断を誤らずにすぐに助け出してあげてほしい。


今すぐ暖かい食料を持って行ってあげてほしい。


体と心のけがの治療をしてあげてほしい。





そして・・・


あれからもうすぐ2年。


いまだに仮設住宅で暮らしている方々がいる。


東北の寒さで仮設住宅はどれほど辛いことだろう。。。




復興も進んでいない。


みんなの『助けたい』という気持ちはきちんと届けてもらえなかった。




どうか助けてあげて下さい


今日も寒い中、不安と恐怖を抱え


避難所でトラウマと戦っている人がいます。




そして今後、地震や津波で犠牲になる人がいなくなることを


切に願います。