† 夢に消えた幻‐dream in shadow...‐ † -20ページ目

ちょっと吐き出させて下さい。

何故実のお母さんに“弱さ”は“恥ずかしい事じゃない”と伝えられなかったんだろう。。(;_;)

大量の飲酒喫煙しては昼夜問わず毎日私に暴力や暴言を繰り返してましたが、死の淵に立たされた私なら言葉にならない苦しみや遣り場のない気持ちを私に当る事で分かってくれると思ってたんでしょうね。
私は1日に1時間眠れればいい方でした。



プライドの高い人だったので人に頼るのは格好悪い事、恥ずかしい事だと思ってたんでしょう。

私のお母さんの事です。娘である私にはそれくらい分かります。



どれだけ暴言で胸が締め付けられて痛みを伴っても身体中を蹴られ続けても例え心身共に壊れてもお母さんの事を全部受け止めようと思ってました。私の心中はお母さんへの憎しみよりも僅かに愛情が勝ちました。お母さんが並々ならぬ苦労を重ねて来た事も知ってます。そんな人を憎んでしまう自分が嫌だったので不思議と受け入れる覚悟は出来ていましたね。

髪の毛抜ける量も半端ではありませんでしたし、妹が通ってた学校の先生に精神科や心療内科の受診を勧められたり…
結果的に精神科での治療は6年半くらいかかってます。本っ当に根気が要ります。



話を元に戻しますが、もっとお母さんを支えてあげたかったです。暴力暴言受けるのが精一杯だったのでそこまで考えが回らなかったのがもどかしい。。(泣)

人生全う出来ただろうか?悔いはないだろうか?今は楽になれたかな?とよく思います。



お通夜でもお葬式でも「お疲れ様」とも「ありがとう」とも何も声をかけてあげられませんでした。出棺の際菊の花を棺に入れる時一気に涙が止まらなくなりました。

その涙は哀しみの涙ではなく、言葉にならない感情から来る涙でした。
言葉にならない感情は涙になるんですね。



そしてお母さんは“一人の人間の命の大きさ”がどれだけ大きいのかを学ばせてくれました。

そんなお母さんだからこそ私は“神様は支え合う事、傷付く事の大切さを知る為に弱さを与えたんだ”って事を伝えたかった。

哀しい事に神様の事は都合のいい時しか信じませんでしたが。(;_;)(物質的な物を要求したりなど)



今は無事にあたたかい光に満ち溢れた神様の元に還れる事を祈ってます。つらい事はもう考えなくていいから。と言いたいです。

…とまぁ涙出そうなんでこの辺で。(何やこの終り方。。)

描く夢叶える知恵は不協和音にかき消された。

こんばんは。更新はまたなうばかりでしたね。光-ray-です。記事のタイトルは今流れてる曲から。

ではさっさと本題に入ります。



数年前の話なんですがね、って言うても結構前なんですが。
同級生の友達が「もしS(←男子の同級生の名前)がさぁ、20歳過ぎて犯罪で捕まってうちらにインタビューされたらどうする~?」と笑いながら言って来た事がありました。あんたそんなヒマな事しか考えてへんのか、と溜息と失笑が同時に出ました。大袈裟な事ではなく実際に溜息と失笑が。。(-_-;)私と考える事がまるで違うわ。異国にでも来た様な気分でした。

そもそも私はそんな幼稚な話題にはついて行けません。私は昔っからそうなんだよなぁ。。年上の人と話す方がラクだった。今でもそうですけど。



…話が逸れましたが…(汗)
自分自身が成長して行く上で人生の壁にぶつかって悩みに悩んで必死になって、そうやって乗り越えて行くんだよ。更に私の場合悩める事がどれだけ幸せな事なのか痛感出来たり(あえて出来たと言います。)、強い意志を持ってどんな困難にも立ち向かう強さを手に入れたり。。つまりここで手に入れたのは勇気です。
他の物や人ではなく弱い己自身との戦いでした。

と、まぁ滅多に経験出来ない困難を乗り越えて来たわけですが。そして世界の果ての闇から還って来れた人間は誰も居ません。そこに辿り着くと闇に逆らえなくてそのまま闇へ飲まれて行きます。そして死にきれない魂達が蠢いてます。それを目の当りにした私はもう…



なんか話ごちゃごちゃで読みにくいですよねすみませんorz

同じように年齢重ねてもこんなに違うのか、と呆然としてしまいます。ぬくぬくで育つとこんな風になるのかと呆れましたよ。



更に弱さは恥ずかしい事じゃない。でも強くなろうとしないのはもっと恥ずかしい。そして支え合って弱い部分を補える大切さを知る事が出来た。それが私は本当に幸運だったな、と思う。今は亡きお母さんにも知って欲しかった事でもあります。



弱さを捨てて無敵の勇気を手に入れた。
闇を光に変えて夢が訪れた。
不協和音の中で赤い月の光を頼りに導いた知恵。
絶望に染まった未来を希望に変える力。
どれだけ裏切られても信じ抜く強さを誇る愛。

私はこの5つをしっかりと持っていたんだと言う事に今気付きました。我ながら驚いてます。更に怖じ気づいてしまうのがどうしても嫌で。。(弱い自分に負けたくなくて。)



こんな話をしても「ふぅん。」と言う一言で終らされてしまうのがもどかしい。(泣)
夢物語でしかないと思われてしまうんでしょうね、きっと。

私の心や魂が実際に体験した事なのに。。と涙を飲む事もしばしば…



最初は本当に小さな小さな勇気しかなかった。でも物凄く大きなものを手に出来たなと誇りに思います。

いつかきっと分かる時が来るでしょう。
新しい風にすべての想いを乗せて、今この記事を読んでいるあなたへ。(←いらっしゃるのか?)私から5つの旋律を贈ります。もし闇に飲まれそうになった時は、思い出して下さい。心の片隅でも構いません。私が放った光が届きます様に──。



〝すべてを導いて Shining ray〟

はしご。

こんにちは。くだらない話ですが更新します。(爆)

先程病院3件はしご。居酒屋ではありません。←
内科→皮膚科→整形外科と行っておりました。疲れました。



で、整形外科でリハビリして頂いた先生に“(腰を)蹴られ続けて腰痛になる事はありますか?”と尋ねたらかなりびっくりされました。そりゃぁそうだわな。

先生は「良くなる事は絶対にありませんので早急にやめて下さい。」とおっしゃってましたね。お母さんからの暴力暴言なくなって6年半以上経ちますがまだこんな形で引きずっております。(泣)



まさかこんなにびっくりされるとは思いませんでしたけど。
暴言暴力は誰でも受けてて当り前と思ってたのでね。。

先生も私も『…(o・д・)?』←こんな感じだったと思います。



よく分かりませんがこの腰痛は暴力の後遺症なんでしょうか…?
趣味にも支障が出る上に完全に良くならなくて憂鬱でございます(T_T)

心身共に毎日大変ですorz



それにしても警察行こうと思う余裕すらなかったなぁ。耐えるのに必死で。。

こうして繰り返しお母さんの事を書いてしまうのはお母さんを愛してた証拠なんでしょうかね…(>_<)



では、強制終了させます。光-ray-(レイ)でした。