ブログは堅苦しくなくていいし、なんならちょっと怪しいことも書けるので気分は楽だ。問題は長続きしないことくらいで、外的要因もなく何か情報を発信し続けるのはなかなかに強い心が要る。
ユートピアは非常に長い歴史を持つポピュラーなテーマで、音楽の世界でも取り上げられる場合がある。今回はその一部を紹介する。
Time(1981)
TimeはElectric Light Orchestraのアルバムで、中でもドラマ『電車男』に使われたTwilightが有名である。個人的にはHold On Tightを除く全曲がよくまとまっており、コンセプトアルバムとして通しで聞ける佳作だと思う。
さて、詳しいストーリーは省略するが、かいつまんで説明する。主人公は未来に飛ばされたあとホームシック気味になるが、その彼に周囲がかける言葉は‘Look and see the wonders of our world’(The Way Life's Meant To Be)であり、未来人はどうやらテクノロジーに自信がある様子である(多機能な女性ロボットも登場する(Yours Truly, 2095))。未来人は21世紀の人間として、みんなが幸せであることは当然であり、主人公がどうして寂しそうにしているのかもよく理解できない(21st Century Man)。彼らは主人公に‘You should be happy'とさえ言うのである。
ところが、街には未来人のあまり語りたがらないがれきの山もあり、主人公はそこに1980年代の面影を見る(The Way Life's Meant To Be)。どうやら隕石が多いらしく、Meteor showerなる天気予報がなされている(Here Is The News)。
……
と、ごく一部、思いついたものだけだが、紹介した。このアルバムで興味深い点は、ストーリーが一つのユートピア類型とでも呼べるものに沿っている点である。ユートピア小説の中には、トマス・モアのそれや『ガリヴァー旅行記』など、ユートピア以外からの来訪者の視点を反映しているものがある。ゲストの視点でユートピア世界を歩き、世界そのものを浮かび上がらせていくのである。Timeの場合は主人公がもとの時代に帰りたがっていたり、2095年の世界もどうやら完璧ではないらしいということを匂わせており、単なる称賛で終わらないのは流石に20世紀も8割方終わった時代の作品である。
The Resistance(2009)
The ResistanceはMuseのアルバムで、かなり直球にOrwellの1984に対するオマージュが多い。United States Of Eurasiaと題した曲もあれば、歌詞がそのまま1984のストーリーと解釈できるResistanceという曲もあり、ユートピアものを知っている人はすこしにやけてしまうかもしれない。他方その世界は非常にOrwell的ながら、Aldous HuxleyのBrave New Worldを思わせる薬物の描写なり、ザミャーチンの『われら』を思わせる宇宙への脱出なり、さまざまな要素が入り混じっているようである。Huxleyは快楽による支配は暴力による支配よりも抵抗し難く、より強力であるというスタンスだった(さらに言えば、暴力支配が立ち行かなくなって快楽支配に移るという考えも持っていて、あわせて1984の出版後にOrwellへ手紙を送った)が、The Resistanceの世界は両面のミックスによってアメとムチ的な世界(ある種理にかないすぎていて凡庸な世界)になっている。
ユートピア類型の話をしたが、こちらは1984同様ユートピア内部での抵抗者の視点で書かれている。ゲストの視点に対してアブノーマルの視点と言ってもいいかもしれないが、この視点は特に20世紀、ソ連の登場以降に増えた印象がある。たとえばザミャーチンの『われら』、HuxleyのBrave New World(Johnというゲストもいるのでミックスではある)、Orwellの1984と、有名どころはみなこの視点を採用している。ゲストがその社会に対してアブノーマルであるのは当然としても、内部から自然発生的に出てくるアブノーマルな人間は、実はその社会の弱さそのものである。社会に服従すべきという考えが支配的で、そういう風に教育(あるいはConditioning)したにもかかわらず、ある人間がそれと相反する思想を持ったのであれば、その社会システムは欠陥を有しているというべきであろう。そして、社会はそうした人間を例外として抹殺すべく、想像力を摘出したり、拷問にかけたりする(Huxleyの独特なところは、「新世界」において彼ら例外は決して暴力の犠牲にはならず、むしろ居場所を別に与えられる点にある。余談)。こうした社会と例外者の対決は、前者が相当に全体主義的な性格を帯びることによって、戦争や冷戦の記憶とともに読まれるのであろう。
ブログは雰囲気で書いているのでまとまりはないし、「ユートピア類型」など果たして存在するのかも疑問だが、最後に、音楽とは関係ないが、あえてロビンソン型と言えるタイプを付け加えられるかもしれない。ロビンソン・クルーソーは無人島を自ら開拓し、現地人(Friday)やスペイン人を従え、一瞬ではあるが理想的な統治を行った。このように少数の人々と自らユートピアを作ってしまうタイプのストーリーは、ブルガーコフの『アダムとイヴ』などに見られる(もっとも、ブルガーコフの場合には小ユートピアは破綻する)。
初回ということで気合を入れすぎたので、明日からはもっと日常的な雑記や雑感に留めておきたいと思う。