本当は「科学が衰退するとき」の続きを書きたかったのだが、扱う作品が本ではないうえに、扱う部分がその作品の根幹だったということもあり、やむなく見送ることにした。ネタバレはよくない。
それで、少し丁寧に自己紹介をしてお茶を濁そうと思う。
英文学
そもそも英文学をやることになったきっかけはまったくの偶然であり、それも、あまり褒められたものではない。やりたいことはほかにあった。たとえば心の哲学とか、科学史とか。しかし、テキトーに生きてきた自分にそうした専攻に進む点数はなかったのである。それで英文学を選んだ。大好きなイギリスとのつながりを維持できそうだったし、なにより文学というのは何でもありのような気がして、それなら文学と言いながら科学史も心の哲学もできるんじゃないかと思っていた。今は無論それらへの関心も持っているが、腹を括って英文学をやるつもりでいる。
Evelyn Waughに出会ったのは、英文学をやることになったときとほぼ同時のことだ。英文学はおろか文学もよくわからない(あまり本を読まない人間だった)私は、とりあえず入門書を買って、進学前に最低限恥ずかしくないだけの基本知識を手に入れておこうと思っていた。そこで手に取ったのが吉田健一の『英国の文学』『英国の近代文学』の二冊だった。
吉田健一はちくま文庫の『英国に就て』で知っていたから(たまたまその年の6月ごろ英文化研究に興味があったので読んでいた)、大層素晴らしいことが書いてあるに違いないと思っていた。そして『英国の近代文学』において、さすがに本に疎い私でも知っているようなビッグネームの中に、聞きなれないWaughの名前があったのである。
吉田健一の説明によって完全にWaughを20世紀英文学の金字塔の一つだと考えた私は、進学前の夏休みに読む本として、WaughのDecline and Fallを選んだ。彼の最初の小説作品だった。結構苦労した覚えがあるけれども、ユーモアと皮肉に満ちた作風は私を魅了した。その後いろいろと考えたけれども、今後はWaughでやっていこうと思っている。
音楽
プログレッシブ・ロックとやらに出会ったのも全くの偶然でしかない。高校1年生だった当時、携帯電話にはデコメールというのがあって、その定型文に「ジャケ買い」という単語があった。ジャケ買い、つまりジャケットだけで買うことだが、これをあるときふと実行に移そうと思って、近所のCD屋に行った。失敗すると嫌なので1000円のセールコーナーから選ぶことにした。手に取ったのは紺の背景にポップな地球が浮かぶジャケットのCD、要するにYesのFragileだった。
5歳か6歳でピアノをやらされ、大嫌いで12のときに辞めた身としては、リック・ウェイクマンのキーボードが強烈だった。FragileしかなかったCDは瞬く間に増え、さらにELPにも手を出し、ELPつながりでKing Crimson(グレッグ・レイクがかつて在籍)、King CrimsonからU.K.やASIA、YesからBuggles、さらにはDavid Bowie(初期のアルバムでリック・ウェイクマンがピアノなどを担当)と音楽の世界は広がり続け、ついにキース・エマーソンが弾いているという理由で再びクラシックピアノの世界、特にバッハに戻るということまで起きた。おかげで今ではほとんど何でも聞くが、中でも70年代、King Crimsonに始まり(69年だが)Englandで終わるあの10年間の曲を(中でもいわゆるプログレを)よく聞く。
ベースをはじめたのにはいろいろ事情があり、当初はウェイクマンやエマーソンに憧れていたのでハモンドオルガン(ただし電子)やモーグ・シンセサイザーをよく弾いていたが、まったく関係ない事情で右手指を骨折して以降、どうにか右手を酷使せずに弾ける楽器はないか考えたところ、ベースに行き当たったのである。中学でギターが必修だったので、馴染みもなくはなかった。当然(?)ベースヒーローは第一にクリス・スクワイア、第二にグレッグ・レイク、第三にジョン・ウェットンだが、立て続けに故人になってしまって悲しい。
将来の夢
バーチャルユーチューバーかなろう小説家になりたい。それか声優。
あながち冗談ではないのだが、実現する可能性は割と低めなので置いておくとして、やはり生涯をかけて取り組みたいのは好きな作家の布教である。Waughのほかにもう一人、Kingsley Amisという作家(同じく作家のMartinの父)が好きなのだが、両方とも満足に邦訳が出ている状況とは言い難い。私の究極の夢は、私が論文を残し、邦訳を出すことによって、未来の大学生が卒論にWaughやAmisを扱いたいとなったときに途方に暮れないようにすることである。私が今途方に暮れているというわけではない。そうではなく、吉田健一や小池滋、今ではおそらくK先生が繋いでいる糸があるから、私は途方に暮れることなく研究できるのである。そしてより多くの人がWaughやAmisを知って、笑ったり微妙な気持ちになったり、とにかく好きになる人が出てきてくれれば、これ以上ない幸せだと思う。
とはいえ私は他人の書いたものを読むだけではなく、自分の書いたものが読まれることも望んでいる。研究者と作家と、どちらかになれると言われたら迷いなく後者を選ぶ。しかし、両者とも途方もない研鑽を積んだのちになれるものなので、今はとにかく修行を続けるしかない。
ブログを始めて4日が経った。これで文字通りの三日坊主だけは回避した。一つ一つ積み上げて、自信にしていくしかない。