あしたてすとーな私です。またしても22号館に。。。
でもレポート1こ書き上げたのと、わすれないようにメモしたいのでちょっと書きます!
いま書いてたレポは、「ジェンダースタディーズ」という授業の課題で、
文学作品を用いてジェンダーに関する授業の指導案を作成するっていうものでした。
んで、「学校をジェンダーフリーに」っていう本を参考にしていろいろ書いてたのですが、
これがまたおもしろいんです。
内容としては、
社会で「ジェンダーフリー!!」とか「男女平等!!」とか言ってても、
学校で社会的に規制された性の概念にのっとった教育が行われているから、
「学校がジェンダーを再生産していた」っていう事実。
たとえば、
ランドセルの色とか、家庭科・技術の性別カリキュラムとか、
保健委員は女の子とか、応援団長は男の子とか、
性別分けされた名簿とか…
あげればきりがないけれど。
「特性を活かす」という名目でのジェンダー規制。
これはたぶん義務教育以前から始まっているような気もする。
すごいびっくりしたのが、小学4年生の子の文章。
「わたしは、男の子と女の子では、男の子の方がゆうりだと思います。男の子とは、おとなになったら大変な仕事をするけれど、定年で仕事をやめれば、ずーっとのんびりできる。けれど女の子は、死ぬ1秒前まで、せんたく、食器あらいを毎日つづけていかなきゃいけないなんて、とてもつまんないなーと思います」(小学4年女子)
「なんで男でよかったかというと、女は、暴れないし、弱いし、つまらないしあんまり外で遊ばないし、虫は触れない。すぐおこりっぽいし、こちょこちょ話はするし、声が小さいし、運動をあまりしないし、ボールをつかって遊ばないし、なわとびもあまりしてない。力がないから、ボールもへなへなボールしか投げられないし、すぐ、なくし、なかには、わる口を言っただけでなく人もいるし、髪の毛は長いし、こわがりやだし、こわいからです」(小学4年男子)
えええーーー。という。
なんで10歳の女の子にこんなにも性別役割分業の意識が刷り込まれているのかと。
なんで10歳の男の子がこんなにも女の子に対してひどい軽蔑の目線で見ているののかと。
わずか10歳にして社会の規範のようなものをを刷り込まれてしまっている。
これじゃあいくらジェンダーフリーとか言ったってどうにもこうにも、っていう。
それからもういっこ気になったのが、「運動部における女子マネージャー問題」ってやつ。
・マネージャーになった理由は?
その部に女子部がなかったから → 入部希望をしても女子という理由で断られてしまう現実
なんとなく → 繰り返し刷り込まれた「女」としての理想の姿を追った結果、「好きで」マネージャーを選ぶ女子が生み出されている
・マネージャーがすべき仕事内容は?
男子 → 記録・計測のほかに、会計、選択、掃除など →部活動内の母親役としてのマネージャーを求めている
女子 → 記録・計測のほかに、指導者とのパイプ役、選手の健康管理、日程調整など → 本来のマネジメント役としてのマネージャーをイメージ
ずれてるよ!!
・マネージャーの性別は女子が望ましい?
男子 → 52%
女子 → 28%
その理由としては 「女子のほうが気が利くから」が圧倒的。
それ以外では、「女子がいるとやる気になる」「女子がやるのが普通」など。
・浮かび上がってくる平均的女子マネ像
とくにやりたいわけじゃなかったけど、マネージャーになるのは結構受けそうだし、強く誘われたからやってみた。
仕事をして部員に感謝されるととってもいい気持ち。
でも男子部員にはあまり自分の意見なんて言えないし、対等には扱われてないみたい。
やっぱりプレーヤーになればよかったかなって、時々おもうかも。
興味深いのが、この問題で重要なのは、
メインステージから降りて男たちの裏方に回ることが決してそんな役回りではなく、むしろ高く評価されるということを、彼女たちが体験的に知っているということである。
今までみてきた母親像によって、男は外、女は内を刷り込まれているため、「女の幸福」を求めて女子マネを望む女子生徒が生み出されてしまう。
平等な意識を育てるべき学校が、性差別に加担し、そうした意識を強化・再生産している。
うーむ。
よく考えるとなんだかすごい不思議だよね、男子運動部における女子マネの存在って。
タッチとか読んだけど南ちゃんと、あの新田くんの妹の子、はあきらかに違うしね。
っていうか自分だったら絶対マネージャーとかなれないわ。
だってプレーしたくなるじゃん絶対。
ちなみに私が入ってたハンドボール部は、
マネージャーになった子は、いつの間にかプレーヤーになる、という道をたどる率が100%でした(笑
ま、女子の部活で女子マネだからってのもあると思うけどさ!
でも絶対マネは同性のほうが、お互い気使わなくてすむし、いいと思うんだけど。
というかマネージャーって絶対的に必要なものではないんじゃないのか?とも思ったりもする。
ま、マネージャーについてはいいとして、
やっぱり学校がジェンダー構造の刷り込みに加担してる部分は
すごい大きいだろうなあって、この本を読んで初めて意識した。
注意深く見ていかないとね。
教える立場になるひとは、そういうことに敏感でなければ。
価値観を押し付けたり、刷り込んだりして可能性を奪うのは絶対避けなくちゃならん。
気になったページ↓
教育におけるジェンダー
http://ja.wikiversity.org/wiki/%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BCジェンダーフリーとは
http://seijotcp.hp.infoseek.co.jp/genderfreeQandA.html幼児教育と学校ジェンダー問題
~「性同一性障害」は学校でつくられる!?
http://homepage3.nifty.com/tomorine3908/sun-tower/005.school.htm