弟の部屋を掃除していたら、思わぬ所からおじいちゃんが弟へ宛てた手紙が何通か出てきました。
おじいちゃんは丁度私が現職に就いた年に癌で亡くなりました。
おじいちゃんは私にとって小さい頃から身近かな存在でありまた雲の上のような存在でもありました。
とにかく頭が切れる人であったと思います。
民生委員や幼稚園の園長、養護施設の理事長、裁判所の調停員、などなど様々な役をこなし日本社会福祉協議会会長となり全国各地で講演をしていました。
亡くなってしばらくしてから勲章を頂いてます。
私は小さい時からそんなおじいちゃんを見ていて変なプレッシャーを感じていたように思います。
何でも一番じゃなきゃっ
って思ってた気がします。
縄跳び大会、マラソン大会、何でも頑張りました。
そして勉強も。
中学3の受験の頃には両親もビックリするくらい成績が上がってどの高校も受験可能でした
が、何故か受験に失敗してしまい転落人生となった訳です
その時、一番悔しがっていたのがおじいちゃんとおばあちゃんだったように思います。
おばあちゃんが今までの人生の中で一番悔しいって言ってたのをハッキリと覚えています。
同学年の従兄弟も高校受験に失敗したから悲しみは倍増だったと思います。
にしてもおよそ70年生きてきて一番悔しいが孫の高校受験とは、 何とも 奥ゆかしい話です。
おばあちゃんはいつも自分の事は後回し。そんな優しい人なんです。
おじいちゃんの手紙は亡くなる半月ほど前に書かれたものでした。
敦子は仕事に自転車で行っているようだ…とか何気ない日常が書かれていたりして 見ててくれたんだ と思い嬉しく思いました。
いつも最後の一文が老人のボケ防止に手紙を書きました。逢える日を楽しみにしています。と書かれていて何かちょっとシャイな一面が垣間見える
気がして心が温かくなりました。
おじいちゃん世代とは私達では生きてきた時代背景が違いますが人の心とはそんな事はお構いなしに通じる所には刺さり込むのです。
今は亡きおじいちゃんだけど今の私を見てどう思うのかしら。。。
ちゃんと頑張って生きているかしら。
ついつい甘えてしまう性分なのでこの手紙を一通 弟には内緒でお借りして毎日持ち歩くことにしました。
思いがけない手紙との出逢いは何かに気付かせてくれたような気がします。
時空を超えてありがとう


