7月5日(日)

 

今日は、出鼻をくじかれました。

来週の旅行の準備のために買い物をしようと駅に行ったら、ダイヤが乱れていて、電車に乗れそうもない。

30分くらいで落ち着きそうだったので、一旦家にもどったら、10さんが「送る」とうるさくて。

 

人を待たせて買い物をするのはあずましくないので、買い物は一人でしたいタイプ。

というのが、結婚してもう30年以上もたつのに、なぜわからん。

 

結局駅前に駐車するスペースもなく、離れたところに車を停めて10さんに待機してもらって、走って買い物に行って走って戻ってくることに。

ほら、あずましくない。

 

家に帰って旅行用のバッグを出して、5日分の着替えを並べて足りないものを近所の洋品店に買いに行く。

足りないものとは、靴下。

最近歩き方が変わったのか、靴下の足裏部分に穴が開くの。

薄手の靴下が全然足りなくなったので、まとめ買いしてきました。

 

ついでにポチ袋を買い、SUICAにチャージし、帰りのチケットを購入。

ポチ袋を買ったとき、旅行とは無関係に携帯用の鉛筆削りを買ったのですが、今の鉛筆削りってすごいですね。

 

芯の先っぽの太さを変えられる。

ちょうどいい感じに削り終わったら、お知らせしてくれる。

芯の先っちょの長さが変えられる。

私はもちろん、鉛筆を削るだけのシンプル機能の物を買いました。

 

 

昨日載せ忘れた、きれいな夕焼け。

 

 

 

 

本日の読書:習い事で生まれ変わる42の方法 中谷彰宏

 

Amazonより
『「習い事」には、人生のコツを学ぶヒントが満載だ。たとえば英会話のフレーズを丸々覚えるよりも、外国人の前で「言えたひとこと」のほうが重要。「先生との付き合い方」「社会のルール」を学んでコミュニケーション力をアップさせるだけでなく、習い事を通して「本当の自分」を学ぼう。「好きな先生」を見つければ多くのことを学べる。』

この著者の中谷彰宏や、齋藤孝といった人たちは、物事の本質の上澄みを上手に救ってキャッチ―なタイトルをつけて本を売る、ことに長けている人たちだと思っていました。
が、この本を読んだだけでの感想ですが、キャッチ―なタイトルをつけることに長けているのであって、物事の本質であるかどうかはあまり関係ないのかもしれません。上澄みほどもない、というか。

本を読んだだけで生まれ変われるのなら人は苦労しないし、本を読んだだけで生まれ変わってしまうような人は多分信頼されないだろうし、それは習い事にしても、そう。

何きっかけであっても、「生まれ変わらなきゃ」と思ったなら、生まれ変わる努力をすべきで、それ以外で変わる方法はないと思う。
というか、「生まれ変わる」って相当強い言葉だと思いますが、読者の皆さんに抵抗はないのでしょうか?
どんどん刺激的な言葉に慣らされて行っているのでしょうか。

著者は幼いころから多くの習い事をしてきたようで、習い事に対して構えることがないようですが、たいていの人は習い事をするとなると、費用対効果を考えたりそもそも自分にできるのかしらと身構えたりすると思うのです。
それは不要、と著者は言います。

簡単に成果を求めるのではなく、じっくり取り組めばよい。
そのうちに結果はついてくるし、何より続けていて楽しいのならそれに越したことはない、というのが、このほんの主な内容でした。