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小説のへや(※新世界航海中)

 1話完結の短編小説を書いています。ぜひご一読ください!
  コメントいただけると嬉しいです。無断転載はご遠慮ください。

 ご無沙汰しております!

 ああ、時間が欲しい。1日48時間にならないかなあ…(←体力もたない)

 

↓以下本文

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「2人とも、おつかれさん」

 

 販売所に戻ってしばらくすると、省吾(しょうご)も帰ってきた。

 自転車は、疲れたようにキイキイと音を立てていて、

 かごには順路帳だけが残されていた――

 

 

 

 

 親友の顔

 

 

 

 

 運動が苦手だという彼は、息を弾ませてはいたが、

 清々しい表情であった。俺は、所長のトクさんから缶コーヒーを

 二本手渡されると、その一方を省吾に差し出した。

 

「ありがとう」

 

 彼は自転車を店の前に止めると、受け取った缶コーヒーを開けて飲んだ。

 俺は意味もなくその様子を見届けてから、缶の蓋を開けた。

 省吾の所作はいちいち丁寧で、缶を開ける動きさえ他とは違って見える。

 俺やトクさんとも違って、省吾は空き缶をごみ箱に投げ捨てたり、

 だらしなくタオルを首に巻いたりしない。

 今も洒落たハンカチなどを使って、額の汗を拭いている。

 同級生たちは、それを見てなんとか王子などと囃し立てた。

 

「一仕事終えた後のコーヒーは美味しいな」

 

 省吾がそう言うので、俺は「そうだな」と応じた。

 ベンチの横は空いているが、彼は立ったまま、

 上機嫌そうに道の向こうを眺めている。

 何の変哲もない町だが、早朝の空気は格別に気持ちが良い。

 薄光の空に、何かが鳴いた。随分と早起きな鳥だな、と

 省吾が言う。「俺らの代わりに新聞配りでもしてくれねえかなあ」

 と俺が間延びした声を出すと、彼は笑った。

 

「それは困る。僕はこの仕事を気に入っているんだ」

 

 まっすぐな声が朝の道に響いた。

 決して大きな声ではなかったが、そう感じさせるような

 言葉だった。雲と空の曖昧な境目のように、

 ただただ笑って応じればいいものを、

 俺は「さすが省吾」と返した。

 そんな溝を作るような言葉は使いたくないと思っているのに、

 心に押し込めた感情が、発条(ばね)で反発するようにして飛び出してくる。

 

「さすが省吾くん。言うことが違うねえ」

 

 店の中からトクさんが言った。

 首に使い古したタオルを巻いて、せっせと片づけをしている。

 何の変哲もない嫌味のない一言だ。トクさんだからだろう。

 省吾は笑っていた。きっと、そんな風に接せられることにも

 慣れているのだ。

 

「やめてくださいよ、トクさん」

「社会勉強のために新聞配達、立派な事じゃあないか」

 

 俺は缶コーヒーを飲み干した。

 省吾の方は見なかったが、視線をちらと感じた。

 彼は純粋だ。性根の曲がっているのは俺の方なのだ

 境遇が違うというだけで、気まずさを覚えるなんて、

 俺はなんて心の狭い奴なんだろう。

 

 何も知らなかったあの頃のように、

 新聞を配り、汗をかいて、もらったコーヒーを飲んで笑って

 いればいいだけなのに、今となってはそのコーヒーの味でさえ、

 同じように感じているのかがわからなかった。

 

「どうした?」

 

 省吾が訊く。

 俺は「何でもない」と返した。

 裕福か貧しいかなんて関係ないじゃないか。

 俺たちは親友だ。それでいいじゃないか。

 そう思えば思うほど、『さすが省吾』と言った自分の口が

 嫌で嫌でしょうがなくなった。

 

 心の内を見透かされそうで、俺は省吾の顔を見られなかった――

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

<完>

 
 誰から見た“親友の顔”なのか。