言いながら長野邦子は、着替えた赤いジャージの袖から覗く掌を擦る。
一人だけホットミルクを啜っているのは、灯油を被ったことで体が冷えた故だろう。
首から腹部にまでに、ピンクのバスタオルがかかっている。

その時だった。保管室からの銃声が、皆の鼓膜を震わせた。
「何だ? 今の」
一同が、吸い込まれるように保管室へと足を急がせる。ドアを開けると、内田清美がうずくまってライフルを前方につきつけている。
柔らかく見える頬は、涙に濡れていた。喘ぎ声のような嗚咽が室内にこだまを響かせる。
しかし、それよりも先ず誰の目にも先に飛び込むのは、全体的な惨状。
ブラウスのボタンは無理矢理引き裂かれたのだろう、第三ボタンまでが飛び散っていて、その中のブラジャーは上の位置にずらされ、薄い赤色の乳房が顔を覗かせる。
スカートは床にずり下ろされ、白地のパンツは辛うじて膝に位置を止め、両脚は固く塞がれている。
拘束していた男はと言えば、手足のロープは無残にも引きちぎられ、頭から血を流しながら倒れている。
誰の目からどう見ても、その状況は決して面白いものではなかった。
「いっ…、いきなり、いきなりガタガタ……動き出して怖くなって、ライフルを、向けたけど、ま、まだ、動いてて、ロープ引きちぎって襲いかかってきたから、脅す為、に、威嚇射撃のつもりで撃ったら……、あっ、たま、頭に……当たっちゃって」
嗚咽を抑えながら必死に舌を動かす内田清美を、大丈夫だと茂央は制した。

しんみりした雰囲気の中、全員の心中は内田清美に対する同情で一致していた。が、不謹慎という言葉を恐れぬ一人がいた。
――「あぁ~あ、誰かさんのせいで大切な人質が死んじまったじゃねえか。
涙を拭い、毛布に小さな身体を隠しながら小刻みな震えを必死に抑えている内田清美に、容赦ない罵倒を浴びせる大高。皆が、不当な罵倒だと顔をしかめる。
「雅規。あんた、何でそんな言い方すんの? 内田さんは襲われて、心身深い傷を負ってんだよ?」
真っ先に梓が反論をするが、大高は怯まず睨み返す。
「その女、奴等のスパイだ」
「意味がわからない! 何で奴等があたし達の中にスパイを潜らせるワケ? しかも、それが内田さん? どうかしてるよ。根拠は?」
頭の中が疑問で埋め尽くされる梓。
一体、目の前の級友は何をほざいているんだ?
お父さんの死に立ち合えなかった怒りから、錯乱しているんだろうか?
何故内田さんを敵扱いする?