一か月後。
Kさん「信じられないよ!しんじゅさん。
すっかり嫌がらせが沈静化している…。(笑)
いったい、何をしたの?
何か魔法でも使った!?」
私「ふ…何もしていませんよ。主任…。」
私は片手で眼鏡の縁を持ち上げるしぐさをしてみた。
スカっとしたてごたえ。
私「あ…。」
Kさん「あ、分かる!
眼鏡かけてると思って、
ついやっちゃうんだよね!?(笑)」
同じく黒ぶち眼鏡をかけている主任さんが屈託なく笑った。
姉が私に言った事は単純な話だった。
姉はニカっと笑うと、
自分のバックから銀色の器具を取り出した。
照明を受けて、キラリと反射している。
金属製のそれは、
医療ドラマの手術シーンで見かける器具のようにも見えた。
私「それは?」
兄「なんだ、それ?」
姉「これが魔法の道具よ!
ビューラー!」
私「びゅーらー?」
兄「なんだ、それ。」
姉「ドラッグストアに売ってるわ。
それとしんじゅ、
土曜日に眼科に行ってらっしゃい。」
私「え?眼科?なんで?」
兄「姉ちゃん、しんじゅが受けた嫌がらせに対して、
会社に文句を言いに行くとかするんじゃないのか?」
姉「アンタ、バカぁ?
そんな事したら、
しんじゅの身内にヤバい奴がいるって思われて、
余計に立場が悪くなりかねないじゃない?」
兄「ぐ…。
でも、姉ちゃんができることって、
それぐらいしか思いつかない。」
私「私もそれぐらいしか想像つかなかったけれど。
確かにそうね、
逆に私の立場が悪くなるだけだわ。」
姉「だから、しんじゅは眼科に行って、
コンタクトにするのよ?」
私「コンタクト?なんで?」
兄「話が見えないが?」
姉「だから、あんたそんな厚底眼鏡をしてるからナめられるのよ。
コンタクトにして、イメチェンをするのよ?」
兄「それがいじめや嫌がらせの、
対抗手段になるとは到底思えないが…。」
姉「そこに魔法の登場よ!
あんたにメイクを教えてあげる。」
私「え?イメチェンでいじめに対抗するってこと?」
姉「そうよ?
女の子にしか使えない魔法がある。
それがメイクよ!」
私「でも、化粧をしただけで変わるのかな?
アタシ、地味だし…。」
姉「なぁ~に、言ってんのよ!
地味ってことは、スタンダードな顔ってことよ。
ヘタに悪目立ちしない、
スッキリした顔立ちってことなんだから、
メイク映えすること、間違いないわ?」
兄「いや、姉ちゃんの言わんとしていることは分かるけれど…。
眼鏡からコンタクトに変更して、
メイクをしたところで、
嫌がらせがとまるとは思えないけどな…?」
姉「それじゃ、アタシの考えに替わる案を出せる?」
兄「いや、出せない…。」
姉「じゃ、アタシの案にのっかるしかないじゃない?
さ、大船に乗った気で頼りなさいよ、あんたたち!
そんなわけで私は姉からビューラーの使い方を伝授された。
最初のうちはおっかなビックリでまつげを折ったり、
うっかり抜いてしまったり、
まぶたをはさんだりして、
涙目になったが、
次第に使いこなせるようになった。
姉「あんたの一番のチャームポイントはその長いまつげね…。
それをビューラーでぐいっと持ち上げることで、
目力が増すわ…。
うん、キレイに上がった。
そこにマスカラをぬって。
そして、アイライナーにアイシャドー。
これは先に仕込んでおくといいわね。
失敗したと思ったら、
綿棒に乳液をつけて、ぬぐうのよ。
あとはチークと、
口紅の色もちょっと変えるといいかな…。」
こうして、週末に眼科で検査をして、
コンタクトを注文し。
その翌週にはコンタクトデビューを果たしたのだった。
ざわ…。
職場に出勤してから、なんだか周りが騒々しい。
私「?なんだか、雰囲気が変ですね?」
Kさん「いや、雰囲気が違いすぎるのはしんじゅさんの方だよ?
どうしたの?
えっと、セクハラになるといけないけれど、
ちょっと聞いちゃう。
急に変わったからどうしたの…?」
私「え?イメチェンをしてみたんですけれど、変ですか?」
Kさん「いやいやいやいや、変じゃないよ!
すごくいいよ!
急に垢抜けちゃったから、
僕はビックリしただけ。
髪型も変えたよね?
これ、セクハラにならないかな?
ドキドキしちゃう…。」
私「あぁ、姉に色々アドバイスを受けたんですよ。
それで、今、こんな風なんですけど?」
Aさん「いや、アタシもビックリしたわ…。
すごい垢抜けてきたから。
うん、すごく似合ってるわ(笑)
お姉さん、素敵ね☆」
係長「僕もビックリしたよ。
すごい若い女の子が入ってきたと思ったら、
急に化けてしまうんだから(笑)
いや、いい意味で(笑)」
Kさん「僕も。
自分の娘と同年代のしんじゅさんが、
こんな風になるなんて…。
はぁ~、ウチの娘たちも、
もう少ししたら、こんなんなるんかな…?」
そうして、私の席に、
かわるがわるいろんな課の人たちが声をかけてきた。
元々受付嬢的な立ち位置で
(正確には派遣社員さんが受付嬢をしているが)
いろんな人の目にとまる。
会計課に書類を持ってくるついでに、
声をかけてくれる感じだった。
内容はとにかく飲み会のお誘いだったのだった。
私は『今は仕事中なので、
休み時間にお願いします』、
と、答えたのだったが。
私の同期や同じ職場の人のつてを使って、
じゃんじゃんお誘いがかかるようになったのだった。
つづく。