兄と食卓を囲んでいました。

 

私の職場の男女比は9:1。

 

圧倒的な男社会。

 

私はここ2か月ほど、

 

同じ課内の約半数の男性に無視をされておりました。

 

 

 

兄「…なぁ、しんじゅ。

 

お前も就職してそろそろ半年だろ?

 

調子はどうだ?」

 

 

 

私「ん?うん。

 

こんな楽な仕事で、

 

お給料もらっていいのかなって感じだよ?」

 

 

 

兄「そうか、慣れてきたんだな、よかった。

 

なんだかお前が元気なさそうに感じたから、

 

ちょっと心配したぞ?

 

それで、お前がやっている仕事って、

 

具体的になんなんだ?」

 

 

 

私「ん?会計課に配属されて、

 

伝票のチェックだね。

 

 

朝は早めに出勤して、

 

課の人の机全員分を拭いて、

 

新聞とお茶出し。

 

それから灰皿の片付けと、

 

湯呑を洗って花瓶の水替えとか。

 

あとはひたすら伝票のチェックと、

 

会社の出入り口に近いから、

 

お客様の案内係みたいな事をしているかな。」

 

 

 

兄「そうか、なんか、お茶くみがかりみたいだな。

 

それと、事務の合間に受付嬢みたいな事をしているのか。

 

でも、気のせいか、お前、元気ないぞ?

 

何か困っていることがあるんじゃないのか?」

 

 

 

私「ん?実はね、以前こんなことがあって…。」

 

 

 

兄にお辞儀の印鑑の話を伝えました。

 

 

 

私「それで、ここ二ヵ月ぐらい、

 

職場の半分の男性に無視されているんだよね…。」

 

 

 

兄「は?印鑑の角度?

 

それが礼儀?って、それマジな話なのか?」

 

 

 

私「マジマジ!

 

アタシ冗談かと思って、受け流しちゃったよ…。」

 

 

 

兄「はぁ…。いや、しかし、ちょっと聞いた事あるな…。

 

まぁ、職場によってはそういう風習?

 

みたいなものもあるかも…。

 

 

お前もまずったな、

 

もうちょっとうまくかわせなかったのか?」

 

 

 

私「う~ん、その日は大口の支払いの日でさ。

 

月に3回ある締め日だったんだよ。

 

銀行がやっている時間までに数字を伝えないと、

 

組み戻し作業とかになっちゃうから、余裕がなくて…。」

 

 

 

兄「あぁ、そうか。

 

そんな一番忙しい時間帯に、

 

そんな話を持ち出されたら、

 

そりゃ対応もミスるか…。

 

 

しかし、お前、大丈夫なのか?

 

無視されてんだろ?」

 

 

 

私「いや、無視されること自体は構わないんだよ。

 

あいさつしても、お茶出ししても、

 

拭き掃除しても、空気の扱いでもさ。

 

実害が無いから。」

 

 

 

兄「そうか?まぁ、それならいいのか…。」

 

 

 

私「別にその人たちにお給料をもらっているわけじゃないからね?

 

私にお給料をくれているのは社長か、

 

もしくはお客様がサービスを利用してくださるから。

 

新米のアタシをへこませようと、

 

ちゃちぃ嫌がらせをして、

 

いい年したオッサンが器ちっちぇな、

 

って内心バカにしてるし。」

 

 

 

兄「お前、メンタル強いな…。

 

きっと、バレてるぞ、そう思ってるの。

 

だから嫌がらせが続くんだろうか…。」

 

 

 

私「いや、それだけじゃなくて、ちょっとアタシ、

 

親切心で気になることを、

 

そのシャチハタ野郎に伝えたんだよね。

 

そしたら、こっぴどく叱られた。

 

『人にものを教えてもらう立場の人間が、

 

何を偉そうに!』って。

 

大目玉を喰らったよ。」

 

 

 

兄「何を言ったんだ。」

 

 

 

私「いや、その人が物品調達依頼かけている業者さんが、

 

ヤバいんで辞めた方がいいですって。」

 

 

 

兄「なんでだ?」

 

 

 

私はいろいろな事情を説明した。

 

 

 

兄は口をぽかんとあけて、言葉を続けました。

 

 

 

兄「…お前、それ、多分大事だぞ…。

 

ヘタしたらお前の会社、

 

新聞沙汰になる…。」

 

 

 

私「うん、そんな感じの事を

 

直属の上司にも言われたんだ。

 

 

顔を真っ青にして、

 

『これは部長案件だから、

 

これ以上、口外しないように』って。」

 

 

 

兄「…それでどうするんだ?

 

お前の会社、どうケリをつけるつもりだ?」

 

 

 

私「それが、私が大目玉を喰らって、

 

一週間たたない間に、

 

その業者は飛んだんだよ。」

 

 

 

兄「お前の予告通り、

 

倒産したってことか?」

 

 

 

私「それだけじゃない。

 

関係者も海外に逃亡して、

 

どうにも収集がつかない状態になったんだ。

 

 

でも、K主任は言ってた。

 

『ある意味、安心した』って。

 

『ウチの会社の信用問題に関わるところ、

 

相手側に不祥事が多すぎて、

 

こちらに火の粉が飛ぶことはなくなるだろう』って。

 

『ただ…』。」

 

 

 

兄「ただ?」

 

 

 

私「『前金払いで契約していた、

 

ウチの損金が出ますねっ』て答えた。

 

『引当金として損失を計上しなくてはいけないしょう』って。」

 

 

 

兄「ん?ひきあてきん?よく分からんが、

 

お前の会社が損失を被ったってことだな?」

 

 

 

私「そう。K主任も驚いていた。

 

ともかく、入社して間もない新人が、

 

見抜けたような事を、

 

ベテラン社員が見過ごしていた、

 

という印象が強くなってしまって、

 

余計にその人からの圧が強くなってしまったんだ。」

 

 

 

兄「あぁ~…。

 

こっちのタイミングも悪かったな。

 

まぁ、相手の気が済むまでほっとくしかないか…。」

 

 

 

私「ふぅ。」

 

 

 

兄「でも、実害がないんだろ?

 

お前はお前の会社内の不正を見抜いていたぐらいだし、

 

お前の直属の上司は感心していたみたいじゃないか?」

 

 

 

私「うん。

 

でも、まぁ、ある意味お手柄でもあったけれど、

 

不祥事を暴いたという点で、

 

内部告発をしかねない、

 

危険人物とみなされかねないってことで、

 

私が見つけ出したって事実は、

 

伏せられることになったんだ。」

 

 

 

兄「…なんだか、ことなかれ主義だな…。

 

で、何が気がかりなんだ。」

 

 

 

私「だから、私が無視されること自体はよかったんだけれど。

 

ほら、請求書とか、

 

消費税が内税か外税か、

 

しっかり書いていないことが多いんだよ。

 

 

普通は会計課に回ってくる以前に、

 

チェックされることになるんだけれど、

 

たまに見過ごされる。

 

 

そしたら、確認してねって、

 

請求書を回してきた元の課に振るんだけど、

 

無視してくるグループの人たちは、

 

私からの問いかけを無視するんだ。

 

 

再三、注意喚起しても、

 

書類をほおりっぱなし。

 

 

すると、仕事が滞っちゃうから、

 

結局主任が頭を何度も下げて、

 

担当者に確認作業を依頼することになるんだよ。」

 

 

 

兄「は?同じ課内の人間同士で、

 

仕事を滞らせているのか?

 

作業効率を落として、どうするんだ?

 

そんなのトップに言って、

 

しかってもらえばいいだろう?」

 

 

 

私「それが私に嫌がらせをしてくる人たちは、

 

お偉いさんのコネで入社した人たちだったんだ。

 

だから、誰も文句が言えない状況だったらしい。」

 

 

 

兄「縁故入社か、なるほど。

 

タチの悪い人間に目を付けられたな、しんじゅ。」

 

 

 

私「私の不注意で、

 

主任さんに迷惑をかけているのが、

 

心苦しくて、困っているんだ。

 

でも、何をどうやったらいいのか、

 

皆目見当がつかない。」

 

 

 

兄「話を聞く限りだと、

 

お前は何も悪いことしてないけどな…。

 

それどころか、社内の不正や癒着にも気づいてしまった。

 

 

お前の能力が実は高いってことの証明でもあるんだけれど、

 

縁故のコネ入社の年寄りにはそんなの理解できないし、

 

したくもないだろうな…。

 

お前高卒だしな…。」

 

 

 

私「K主任には

 

『とても最近まで高校にいた人物とは思えない。』

 

って、驚かれたけれどね…。

 

『そんなわずかな違和感で、

 

そこまで事実を突き止めることができるのか…』って。」

 

 

 

兄「…なぁ。

 

お前の会社も勤め先として、

 

老舗でいいにはいいんだけど、

 

ちょっと時代錯誤というか旧態依然というか…。

 

それよりお前、

 

士業が向いているんじゃないのか?」

 

 

 

私「ん?シギョウ?なにソレ。」

 

 

 

兄「サムライ業ともいうけど、

 

武士の士の字がつく職業の事だよ。

 

ほら、行政書士とか、税理士とか、司法書士とか、弁護士とか…。」

 

 

 

私「弁護士とかは、

 

大卒じゃないと無理じゃない?」

 

 

 

兄「まぁ、たいていは大卒だろうけれど、

 

必ずしも学歴が必要という訳でもないだろう…。

 

 

お前、さっき会社の規模に応じて、

 

設立時の費用の違いとか、

 

法務局への登記の話とかペラペラしゃべってただろう…。

 

合見積もりの違和感を感じてコピーをとるとか、

 

保存年限ギリギリの書類を探し出して、

 

過去の請求書を確認するとか、

 

業者の所在地や建築物の確認とか、

 

誰に言われたわけでもなく、

 

自分で考えて行動している。

 

 

なにより数字に強いし、

 

そういうのが向いている気がするなぁ。」

 

 

 

私「へぇ、士業か…。

 

カッコいいね!(笑)」

 

 

 

兄「お世辞抜きで向いていると思うけどな…。」

 

 

 

私「そっか…。ありがとう。(笑)」

 

 

 

兄「しかし、当面の問題はその足の引っ張り合いだな…。

 

正直、俺にも何をどうしたらいいのか、分からんな。」

 

 

 

私「う~ん、賢いお兄ちゃんでも難しいか…。」

 

 

 

バァン!

 

 

 

台所の扉が盛大に開きます!

 

 

 

姉「ただいま!ブラザーズ!

 

ヘイ!どうした、二人して陰気な顔をして。

 

あ、しんじゅ、ごはん大盛でね!(笑)」

 

 

 

私「おかえり、お姉ちゃん。」

 

 

 

私は椅子から立ち上がって、

 

ラーメンどんぶりを手にとり、

 

ジャーから白米をよそいます。

 

 

 

姉「今日の夕飯はハンバーグか!

 

いいぞ、コレ!(笑)」

 

 

 

兄「姉ちゃん、相変わらずハイテンションだな…。」

 

 

 

私がよそったご飯とお味噌汁に、

 

口をつけながら姉がご飯を食べ始めます。

 

 

 

姉「うぐうぐ。

 

そんで、どったの、

 

あんたたち、しけた顔して。」

 

 

 

兄「あぁ、しんじゅの悩み相談を受けたたんだ。」

 

 

 

姉「なによ、しんじゅの悩みって。」

 

 

 

私「職場の人間関係だよ。」

 

 

 

姉「あんた、何か悪い事でもしたの?」

 

 

 

兄「まぁ、しんじゅは何も悪くないんだけどな?

 

コイツはちょっと空気読めない所があるけど、

 

相手のほぼ言いがかり。

 

妙ないちゃもんをつけられて、

 

仕事の足を引っ張られているのが問題なんだ。」

 

 

 

姉「誰に?」

 

 

 

私「職場の縁故採用のおじさんたちに。

 

周りの人もそれにならってて、

 

職場の半数の人たちに無視されているんだ。」

 

 

 

兄「あぁ、困ったものだよ。」

 

 

 

姉「それが悩み?

 

そんなの簡単じゃない。」

 

 

 

私「え?簡単?」

 

 

 

姉「要するに仕事がたいしてできない、

 

陰湿なオッサンが、

 

若い女の子にイジワルしてきているって話でしょ?

 

 

そんなのアタシが解決してあげるわよ!

 

もう、解決方法、分かってるわ?」

 

 

 

私「え!?

 

たったこれだけの説明で、

 

解決方法まで分かっちゃうの!?」

 

 

 

兄「そんな魔法使いみたいな事言えるもんなのか?」

 

 

 

姉「アレ?あんたたち知らないの?

 

アタシ、実は魔法が使えるのよ?(笑)

 

お姉ちゃんに、お・マ・カ・セ!(笑)」

 

 

 

姉はにかっと笑った。

 

 

つづく。