僕は、旅館へと足を入れ宿泊手続きを終えるとあの子が近寄ってきた。少し長い髪を2つにおさげに結わえていた。
笑顔がとても可愛らしい女の子だ。

「お客様お荷物お持ち致します。」

「え?いやいいよ。このバック重いよ?自分で持つし大丈夫だから。」

よく見ると他の仲居さんと同じデザインの着物を着ている。わざわざ子供用の仲居服を作るなんて……どういう経緯で旅館のお手伝いをしているんだろう?


「そうですか?だったらそちらの小さなバックをお持ち致します。そちらなら子供の私でも持てますから。どうぞお構い無く。お部屋へご案内致します。」

何度も申し出てくるので仕方がなく、小さい方のバックをお願いして一緒に予約した部屋へ案内され歩きだした。

宿泊帳には、本名の御園生一志ではなく『宮園一生』と偽名を書いた。嘘に嘘を重ねている僕は後ろめたい気持ちで一杯になりそうだ。
そうこうしている内に宿泊する部屋へと着き入ると、女の子が丁寧に座り挨拶をしてきた。


「この部屋をご予約なさった宮園様ですよね?今回担当させて頂きます、最上キョーコと申します宜しくお願いします。」

とても年齢には思わしくないほど丁寧で礼儀正しい所作をする女の子。キョーコちゃん。


「あ、いいえ。こちらこそ宜しくお願いします。
しかし偉いね。そんな年なのにお家のお仕事をお手伝いして。お母さんである女将さんの跡を継ぐために、もう若女将修行してるの?」

僕は知らないふりをして聞いてみることに。
すると、少し躊躇いながら答えた。


「あ……いいえ。私はこの旅館の子供ではないので…。あの……母の仕事が忙しくてお家にあまりいないから、女将さんが母と知り合いでよく預けられてるんです。私には父も祖父母もいませんから。だから、お世話になってるお礼にと旅館のお手伝いをしているんです。」


「そうなんだ……。偉いねキョーコちゃん。あ、じゃあこれ前もって渡しとこうかな?はい。」

僕は、ポケットからポチ袋を出してキョーコちゃんに差し出した。けど、両手を出して受け取り拒否の反応を見せたので驚いて……


「あのこういうのは受け取れません!私は厳密に言うと従業員ではありませんから。ただのお手伝いと言うか……行儀見習いみたいな立場なので。だから金銭を受け取ってはいけないんです。お気持ちだけでいいです。」


その態度にも驚いた。子供なのにお金には全く興味がない。お手伝いなのにお小遣いも貰っていないのであろうか?

「えっと……そう言うつもりじゃなかったんだけど。まさか担当してくれる仲居さんがこんなに小さな女の子だとは思わなかったんで偉いなぁって。じゃあ、特別に小遣いあげようと差し出しただけなんだけど。元々は、普通に仲居さんにチップを渡す為に用意してものではあったんだけどね。ほら、今は日本でもチップあげる人もいるし。
こんな大きな旅館だから、外国人観光客も多いだろう?」


「は、はい。当旅館では外国人観光客のお客様も多いです。ですからチップを受けとる仲居さんもいるので私も渡されるんですが……いつもお断りしています。お気持ちだけで構いませんと。でも、皆さんそれを言うとWhy?なんて驚いた顔で言うんですよ。」


両肘を上に上げてアメリカ人みたいなジェスチャーと流暢な発音の英語で話すキョーコちゃん。それをみて思わずプッと笑ってしまった。


「アハハ、そうなんだ。まぁ確かにそう思うだろうね。」

「はいでもどうしても受け取らないと機嫌を損ねる方もいらっしゃるので、その時は受け取ってその後は女将さんに渡してます。仲居さんや他の従業員さん達の休憩時間に食べるオヤツやお茶代に使ってくださいって。」


笑って話した内容に僕は少し怒りを覚えてしまった。
貰ったチップ代くらいお小遣いに回してもいいじゃないかと。


「あ、すみません。お喋りが過ぎましたね。そろそろ私はおいとまさせて頂きます。それと、日中は学校があるのでその時間帯は別の仲居さんが担当する事になりますので。何か用がございましたらそちらの仲居さんにお伝え下さい。では失礼いたします。」

「あ、うん。分かったよ。お勉強頑張ってね。」


挨拶を終えてキョーコちゃんは、部屋から出ていった。あの子のいなくなった部屋で窓から見える中庭を見ながら僕は涙を流してしまった。
僕の子供かもしれない女の子。
嫌みを全く言わずにお世話になってる旅館のお手伝いを自ら申し出て、あんなに小さい内から働いている。
給料も貰ってない様子だ。学校には行ってるみたいだけど、勉強する暇なんてあるんだろうか?
冴ちゃんはあの子とどういう暮らしをしているんだろう?

と色んな思いが生まれてしまった。

僕は冴ちゃんを思い出してハッとしてしまい、ある危惧があることに気付いた。もしかしたら、この旅館に宿泊している最中に出会ってしまったらと言う事に、今さら気付いたのだ。

少し慎重に行動をとらないとな。

しかしその心配はなかった。僕が宿泊している時に、キョーコちゃんのお母さんである冴ちゃんは、仕事の関係でアメリカに行っているらしく暫く帰ってこないと他の仲居さんが話している所を偶然聞いたのだ。

この旅館で泊まっている期間中、キョーコちゃんともう1人の仲居さんと思っていたら、何と女将さんが僕の担当をしてくれる事になったのでビックリ。
話を聞くと、初めてちゃんとした担当をする事になったのでそのサポートとして女将さんが日中は僕に付いてくれる事になったんだとか。


日中、僕はキョーコちゃんの通う小学校の周りを少し歩いてみたり、実家の近くまで行ってみたりした。
昔、クライアントに依頼された時に彼女の実家や家族構成など調べた事があったので知っていたって言うのもある。
唯一の趣味であるカメラを抱えて古き良き嵐山の街並みや風景を撮ったり、そのふりをして時々キョーコちゃんの登下校を撮ったりもしてしまった。
バレたらどうなるのかな?流石にヤバいだろうと思って撮った後直ぐに削除した。
旅館に帰るとまだあの子は、学校に行っているので時々女将さんとお喋りをすることも。


「宮園様は、会計士をなさってるとキョーコちゃんに聞きまして。ご立派な職業をなさっとるんですなぁ。写真を撮るのを趣味にもしてるとか。道理で大きなカメラを持っている筈ですね。キョーコちゃんには、重くて持てないでしょうな。だから最初、自分で持つと仰ったんですね。
夕べは一緒に写真も撮りましたし、いい記念になりましたか?」


「ええ。大事なカメラですから、流石にこれだけは自分で持ちたかったんですよ。それに可愛い仲居さんとのツーショットも撮れましたからいい想い出になりましたよ。」


女将さんと話していると、大きな声で喋り立ててランドセルを背負った男の子が走って僕達の前をドカドカと走り去っていった。


「こら!松太郎!!足音立てんと旅館内は走らない!!それと、帰ってきたのに挨拶もなしか!!何度と言うたら分かるんや!!」

「ん?~~なんだよもう、ハイハイただいま。おい!キョーコ!!早くしろよ!!」

「松ちゃん待って!女将さんも言ってるでしょ走ったら駄目って。女将さんただいま。あ、宮園様今日わ。直ぐに着替えてきますのでお持ちになさってくださいね。」


赤いランドセルを背負って何時ものように礼儀正しいお辞儀をして松ちゃんと呼んでいる男の子の後を追うキョーコちゃんだった。
仲居姿ではない、通っている小学校の制服を着た普通の女の子としてのキョーコちゃん。初めて見たな。可愛い…。 
僕は立ち上がり彼女を呼び止めた。


「あの、キョーコちゃん。無理しなくていいよ。学校の宿題とか予習なんかの勉強もあるだろ?それに友達と遊んだりもしたいんじゃないの?
あの女将さん、別の仲居さんを付けて下さい。流石に小学校の女の子がお手伝いとは言え、働き詰めって言うのはどうかと思いますよ。子供の仕事は働くことではなく、遊ぶことと勉強することです!
芸能界なら子役や歌舞伎役者とかいて働いてますけど、この子は一般人じゃありませんか!!」


僕は思わず言葉を荒立てて大きな声で話してしまい、周囲の人から注目を浴びてしまった。
キョーコちゃんは、そんな僕を見て少し狼狽えている。


「あ、あの……宮園様。私は大丈夫です。今日は、宿題出てないし。それに……私、友達いないから。でも松ちゃんは幼なじみで、このお家の子供だし仲良く遊んでますから!」


笑顔であっけらかんと友達いないなんて普通言うか?
すると女将さんが僕と彼女に言ってきた。


「宮園様申し訳ありません。私達の配慮が足らずに、キョーコちゃん宮園様の言うとおりや。この人には別の仲居さん付けるからあんたは暫くお手伝いせえへんでもいいで。学校のお勉強しなさい。それにまた塾にも通ってもエエで。英語のお勉強したいゆうてたやろ?ほら自分のお部屋に戻りなさい。松太郎にも宿題ちゃんとやり!と言っといてな。」

「はい……。」

キョーコちゃんは、少しうつむきその場を去って旅館の奥の方へとトボトボと歩いて行った。
どうやら旅館の奥座敷と繋がっている、離れの部分が女将さん達家族の住居になっているらしくキョーコちゃんもそこに住んでいるらしい。


「あの人ハッキリと言ったなぁ。今まで何度か注意した人確かにいたけれど隠れて言ってたもんなぁ。」

「ほんまや勇気ある人いるんやな。」

「ちょっと素敵かも。見た目は平凡だけど会計士って事は高収入やもんな。うち狙ったろかな?」


仲居さんや他の従業員達がひそひそ話をしている事に気付き、話の内容からして僕以外にも今までに小学校の女の子が働かされてると思って注意をした人がいることが判明。

その一件があった晩から、別の仲居さんが付いてくれる事になった。代わりの仲居さんもかなり若い人だったけれど。なんか色々と聞いてきたな。収入はどれくらいあるのか?とか結婚してますか?なんて。
ったく、金目的なのが見え見えだ。呆れてものが言えない。

「夕食は、部屋ではなく外で食べますので結構です。」

僕はイライラしてしまい、部屋を出て一階のロビーに降りてくると酒に酔った中年男性が仲居の1人にちょっかいを出していることに気付いた。
注意しようと近づいたら、随分背の低い女性……いや女の子であることに気付いたのだ。それはキョーコちゃんだった。仲居さんの格好をしている。


「ほ~ら、こっち来なよ。お嬢ちゃん俺の所でお酌してくんない?こんな可愛いちっこい子のお酌ならお酒も旨いだろうなぁ。」

「やめて下さい。私これから急遽行われる事になった宴会場での宴会セッティングのお手伝いしなければならないんです!!」

「ああん?言うこと聞いてりゃいいの!ほらこっちきなさーい(´▽`)」


完全に酔っぱらってキョーコちゃんの腕を引っ張り連れていこうとしたので僕は慌てて止めようとしたら、キョーコちゃんが思いっきり顔面から転んでしまった。
近くにいた人達は誰一人して助けにも来ない。見てるだけだ、僕は完全に頭にきた。


「キョーコちゃん!大丈夫!?おみゃあらも何見てるだけしてんだら!!」


ついお国言葉の静岡弁が出てしまったが、キョーコちゃんを起こすと鼻血が出ている事に気付き抱き上げて走り出した。


「すいません、医務室って何処ですか?」

「え?えっと、こちらです💦」

「あ、あの宮園様💦私、大丈夫ですから!」

「何を言ってるんだ。ほらこれで鼻押さえて!」


僕はポケットから取り出したハンカチでキョーコちゃんの鼻を押さえてあげて近くにいた仲居さんと一緒に医務室へとやって来た。


「すみません、お医者さんは今日もういなくて帰ってしまいましたから。今すぐに、女将さん呼んできますね。」


仲居さんがそう言って医務室を出ると、僕はベッドの上にキョーコちゃんを寝かせて押さえてたハンカチを鼻から外して、それをポケットにしまい隠した。
翌日キョーコちゃんに、クリーニングして返したいと言ったけど安物だし汚れたからゴミ箱に捨てたと嘘をついた。
この子の血が付いたハンカチ。これを民間のDNA検査機関に送って僕との親子鑑定をしようとこのとき思い付いたからだ。

ベッドの近くにあった消毒液と棉を見付けて、僕が処置をしてあげた。思ったより早く血も早く止まったので安心した。

「あの……宮園様ありがとうございます。」

「いや…いいんだよ。安心しなさい少し横になってなさい。」


僕は、キョーコちゃんの頭を優しく撫でてあげた。


「何かお父さんみたい。宮園様みたいなお父さん欲しかったなぁ😊」

その言葉に僕は、思わず硬直してしまったのである。

後編 へ。

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もし、冴菜さんがこの事知ったらどうなるのかな?
と思いつつドキドキハラハラで御園生さんは行動しているのかもしれませんね。
知らないうちに、お父さんと出会っていたキョーコはどう思っているのかな?

それと貰っていたチップは、おそらく女将さんがキョーコの為に貯金していると思われます。そんな人には思えませんからね。
息子のショータローに見つかり巻き上げられた事もあったかもしれませんが。あいつだったらやりかねん😒💢💢

ACT.0 のショート漫画では、キョーコは中学生の時に歳を誤魔化して別のバイトもしてたらしくそのバイト代はショータローにつぎ込んでいたらしいし。
おそらく、ライブ活動をするための軍資金をキョーコが出していたと思われます。

さて次回は、どう展開しようかちょっと悩み中です。