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死産の記録

体外受精後19週で子宮内胎児死亡による後期流産した記録です

死産のお話です。








子宮内胎児死亡を宣告された日の午後から入院することになりました。

一度帰宅し入院準備してまた病院へ向かう。


今までの検診はコロナで付き添い禁止だったため1人で行っていましたが、家族が送ってくれることに。

行くときに鞄につけたマタニティマークを外そうとしたら、まだ妊婦なんだから付けておいたらと言われ付けたままにした。


途中でマタニティマークを付けた方を見かけてしまい、(あ、本物の妊婦だ)と思った。

自分が欠陥品のように感じた。

生きて産んであげられないのになんでこんなものつけてきちゃったんだろう。


病院につき家族と別れ病室に向かうと授乳クッションが目に入った。

それ以外は普通の個室の病室って感じの部屋でトイレ付き。

そのため基本的に病室から出ずに済んだ。


病院着に着替えしばらくしてから処置のために呼ばれた。

無痛分娩を希望したためその処置と痛いと噂のラミナリアの処置。

どちらもものすごく痛かった。

痛くて泣いた。

なんのためにこんな痛い思いをしてるのかを考えて泣いた。


ラミナリアは5本ほど入れたようだった。

処置の際に麻酔を入れてくれ、処置後にも鎮痛剤を入れてくれたためそのあとはあんまり痛くなかった。

夜は眠れなかったら睡眠薬を渡せると言われたが断った。

寝なくて困ることはないと思ったし、何より私にはいろんな情報が不足していた。

ネットで死産や火葬、染色体異常について調べてから少しだけ寝た。