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最近そこら中で「チぃぃぃぃぃ~~ん」って鳴っているなと思っていたら、どうやら頭の中で鳴っていたらしく、気がついたら右足が折れていた。するともう「チぃぃぃぃぃ~~ん」の音も鳴らなくなったので、真っ白いギブスさすりながら、どうしてこうなったか考えてみた。

 最近は、お芝居をよく観に行くようにしている。きれいな娘さんから「やはり行かれた方がよろしくてよ、ご自分の作るお芝居以外に興味がないなんて、不精者の言い訳じゃないかしら、冥王星さん。」と言われたのが癪に障ってのことだ。先日もきちんとお芝居を観に行って、その後で、久しぶりに会う方々と朝まで飲んだ。お芝居に行くと朝まで飲めるお友だちと出会えるからなかなかいいもんだ・・・・ここで気付く! 確かあの時、一緒に飲んでいた連中のうち、別席から俺を指さして、俺のことをあれこれ言っていた知らない奴がいた記憶がよみがえる! (指弾っていうんだな)も少し若ければ(これが弱虫オヤジの常套句だ!覚えとけ!)「何か用?何か用?何か用?何か用?何か用?何か用!」と聞きに行くのだが、昔タクシーのケツにフライングボディアタックかましてべろべろに伸びきった右膝裏十字靱帯が痛むので我慢したんだ(嘘つけ! 言い訳考える前に行ったらんかい! 情けないぞ!さえぐさ!)しかし・・・俺も何か言ったんだろうか・・・。そう、この時も「チぃぃぃぃぃ~~ん」って鳴っていた。

 この反省を活かし、今度はいいおじさんになって、良いお酒呑もうって先日観に行ったお芝居は、お客がたくさん入っていて、それだけで癪に障ったし、ちょいと面白かったので、また癪に障ったし、終わってから、癪に障るけれど誰か呑みに誘ってくれないかな、とぼんやりしていても、子連れの人妻が「お先に、」とすれ違うのみで、知った顔もなく、しょんぼり帰る道すがら、暗い顔の知り合いに会い、明るく声をかけるが、「飲みに行きましょう」と言ってくれず、(もう、女心のわかっていない人ね!)と呟いているうち気がつくと帰りの地下鉄に乗っていて、ぼんやり窓の外を見ながら壁に走る黒く太い電線の束が車内の明かりに「びひゃひゃ~ん、びひゃひゃ~ん、びひゃひゃ~ん」とちかちか照らされるのを見つめていると、「チぃぃぃぃぃ~~ん」って音がした。
 
 この反省を活かし、家庭内では良い人物になろうとするが、ガキが喚くわ、配偶者には「死ね」と言われるわで「チぃぃぃぃぃ~~ん」が鳴り続けるし、それでも夜だけは、夢の中だけは私だけの世界だからと模様替えしたニート部屋で一人ゆっくり寝ていると、レム睡眠に入りかけに突然、道明寺天満宮近くの天神商店街のパン屋に受けたひどい仕打ちを思い出し、どうしてもあのパン屋に復讐したくなる。十数年前、貧乏だったので、よくパンのヘタや耳を一袋20円で買っていたのだ。いつもは他の買い物のついでに買っていたのでそのポリ袋に入れていたのだが、ある時ふらりとした散歩中にそのパンのヘタミミを買い求め、しかしくしゃくしゃのビニール袋に入れられたものをまんま抱え持ちも何だなと思い、買い物ポリ袋に入れて欲しいと言うと「20円やろ、そんなもんに袋やれんわ」と、和歌山のますみ被告のような顔をしたオバハンに毒づかれ、その場でパンをたたきつけたくも、貴重な食料、唇かみしめ哀切の帰路についたことを思い出す。「チぃぃぃぃぃ~~ん」が鳴り響き、6800円で買った折りたたみベットの上で俺はライターを握りしめ、駐車場に走り原チャリに飛び乗るが、昔タクシーのケツにフライングボディアタックかましてべろべろに伸びきった右膝裏十字靱帯が痛むので我慢したんだ。我慢していると、思い出し怒りのオンパレードになり、「チぃぃぃぃぃ~~ん」が鳴り響く。ニート部屋のベットに戻り、うとうと、寝たり起きたりで、夢と現実の区別がつかなくなる。例えば、気にしていた連絡事を、夢でしたような、いや、実際に連絡したんだってば、あれ・・・ホントかな・・・状態。

 反省していないけれどこの反省を活かし、翌日の日曜日、目覚めた俺は生き返ろうと、子供とベランダで遊ぶことにした。子供と遊ぶ日曜日の良い人を演じなければいけないような気がするからだ。配偶者の嘲りと罵倒を背に、前から置いていたぼろ机の天板を外した奴に子供と一緒にニスを塗り、コーナンで買った大きめの工具箱を足にして、ぴかぴかの天板を乗せ、その上に日清焼きそばどーんと乗せ、ピクニック気分でお昼食べるんだ。その横に大きな盥に水を張り、下の子が水遊びできるようにして、でも、雨が降りそうだ。早く早く、せめて一瞬でもいいから、子供と一緒に日清焼きそば大盛2人前、食べるんだ、水遊びもするんだ、でも雨が降りそうだ! 「チぃぃぃぃぃ~~ん」が鳴り響くなか、俺は必死だった。そしてこの時はいつもより「チぃぃぃぃぃ~~ん」の音が大きかった。その音をかき消すように俺は働いた。動いた! ベランダで、急いで・・・そうしたら、右足が突然、がくガクぐじゅりッとしてうずくまってしまった。ベランダのわずか高さ3センチの排水用の溝に足を取られたようだ。配偶者や子が嘲笑う。労れないのか、お前達は・・・。  
 捻挫とは違う痛みを感じ、日曜診療もしている藤井寺青山病院で記念撮影されたレントゲン写真では右足立方骨にスジが入っており、「こりゃギプスだかんね」と言われる。20年ほど前に折ったところと同じ所のようだ。あの時は焼酎一升呑んで、誰も乗っていない「ぱとかぁ」蹴飛ばしたんだっけ。それも情けないが、今回はもっと何だかな・・・。

 病院から家に戻り、ニート部屋のベットに仰向けに寝ながら隣の隣の部屋で遊んでいる子供の声を聞く。俺のことを気にして少し小さめの声で遊んでいる声を聞いていると、八木重吉の詩の言葉がひしひしひしと蘇り、八木重吉は、悲しくも切なくも何なんだったんだなぁ~・・・と思う。と、ガキが部屋に入り込み、大騒ぎしやがるので「やかましい!」と怒鳴り散らす。わかりかけた八木重吉が遠くなる。

 どうも生きにくい。今朝も近所の整形外科へ配偶者の車から放り出され、お迎えの相談もして貰えず、診療後、泣きながら松葉杖ついて40分かけて家にたどり着いた。その40分間、じとじと雨が降っているなか「雨が空から降れば」と「たどり着いたらいつも雨降り」を唄いながら歩く。しかし、松葉杖で40分は相当な運動量だ。クソ、松葉杖で上腕二頭筋鍛え上げて、配偶者にDVしてやるんだからとか考えていると、松葉杖が犬のクソを踏む。左腕が「ピシッ」と音を立てる。トカトントンが聞こえてきそうになる。真っ白な灰になりそうになる。(どこぞの馬鹿が(医学博士)が検証したところによると、あしたのジョーはあの時点では死んでいないんだってさ。だからなんだよ、よけいなことしてんじゃねえ!)

 しかしながら、松葉杖で、ひょこたんひょこたん、ではなく、(ひょこたん歩きで40分は体力が持ちません)ちまちまずりずり歩くのは、まわりの風景が違うのよね。これって、秋浜先生の見ていた風景なんだろうな。先生が事故で右足を悪くされたのも今の俺ぐらいの歳だったかな・・・いやいや、もっと後だったな確か。ちまちまずりずり歩く先生に「遅ぇなあ、じじぃ」とほんのちょっと心でつぶやきながら先生の歩調に会わせ、いろんな所に付いていったっけ。先生が亡くなられて・・・三回忌か。
 カラスがヒヨドリの雛をくわえて、飛んでいるのを、10羽くらいのヒヨドリが追いかけて、高いビルの屋上のアンテナの向こうに消えて、カアカア、ピイピイ鳴き声だけが聞こえてくる風景なんか、この速度で歩いていないと見られやしなかったろうな。
もう、「チぃぃぃぃぃ~~ん」は聞こえないな。ゆっくり歩きゃいいんだ。