今回はかなりマニアックなモノを語りたい。


みなさんは2000年代〜2010年代初頭に存在したプロレス団体ハッスルをご存知だろうか?


プロレスに詳しくなくても、ハッスルだけは知ってる人も多いのではないだろうか。

当時はテレビ東京系列で大晦日にハッスル中継がゴールデンタイムで放送されていたし、お笑い芸人が参戦していたり、時の有名人がリングに上がったり何かと話題を振り撒いたプロレス団体だ。


有名な小川直也の「1!2!3!ハッスル!ハッスル!」も小川が参戦していた頃にリングで行われていたパフォーマンスだ。


当時のプロレス界は暗黒時代と言っても良いだろう。

2000年初頭から日本ではK1やPRIDE、UFCといった総合格闘技ブームが到来。プロレス業界は観客動員と興行収入の大幅減を余儀なくされた時代だ。


そんな当時、ハッスルというプロレス団体は異色過ぎた。高田総統率いる高田モンスター軍がハッスルという団体を掌握。これに反旗を翻したハッスル軍なるレジスタンスが高田モンスター軍と抗争を繰り広げていくというのが団体の主軸となるストーリーだ。


ストーリーに沿って川田利明や天龍源一郎、安生洋二といったプロレス界のビッグネーム達だけでなく、レイザーラモンHGやRGといったお笑い芸人も参戦。ほかにもグラビアアイドルが試合をしたり、ワイドショーを騒がせた時の芸能人が試合をしたりととにかく話題性に事欠かなかった。

※ただし、HGは学生プロレス出身とあってプロレスの基礎がしっかりしていることでプロレスの試合を普通にこなせていたし、RGも基礎はしっかりしていて、モンスター軍にボコボコにされるやられっぷりは観ていて面白かったし爽快だった。


上記の様々な話題性や従来のプロレス像から逸脱した奇抜さが受け、プロレス業界全体が不景気だった中で高い売上と観客動員を誇った団体がハッスルだ。

一方で全日本プロレスや新日本プロレスといった老舗団体のプロレスを愛するファンからは、芸能人がリングに上がる、試合をするスタンスはイロモノであり神聖なリングを汚していると評する者もいた。かなり賛否両論が分かれたプロレス団体だったといえよう。


そんなハッスルが2005年11月に横浜アリーナで「ハッスルマニア」と銘打つビッグマッチを開催。この大会で前述したレイザーラモンHGがプロレスデビューを果たすことが発表された。だが、そんなことが霞むほどの更に大きな話題が発表された。それが和泉元彌のプロレスデビューだったのだ。

和泉は更に対戦相手としてWWEを退団し帰国していた鈴木健想を指名。更に、自身の必殺技として「空中元彌チョップ」なる技名も公表した。

和泉流宗家の狂言師と本場アメリカのエンターテイメントを味わったプロレスラーによるシングルマッチがここに実現してしまったのだ。


前哨戦という位置付けで行われた後楽園ホール大会では鈴木健想とその妻・浩子が白塗りのゲイシャガールとしてリングに登場。当時ワイドショーを賑わせた和泉元彌のダブルブッキングを弄り、「お命頂戴申し上げます」と挑発。

対する和泉元彌は後楽園ホールのバルコニーから登場。かつて鈴木健想が発言した迷言を狂言で弄り返す。


そして迎えた横浜アリーナ。そこで行われた試合はまさに究極のエンターテイメントだった。


狂言師•和泉元彌vsプロレスラー鈴木健想


この対戦カードを見て、まず予測することは

「顔が命と言われる狂言師が相手なら、まず張り手は無いだろうし、過激なプロレス技を鈴木はしないだろう。」ということだ。

しかし、試合が始まると鈴木は和泉元彌の顔面に容赦なく張り手を浴びせる。それだけではない。

バックブリーカーやネックハンギングツリーといった普段のプロレスで見られる技を和泉元彌へ仕掛けていくのだ。


この時点で私の心は奪われた。


「和泉元彌にそこまでやるの!?」


戦前なんとなく冷めた感じでお茶を濁すような試合を予測していた私にとって、鈴木が張り手を見舞うことが既に想像の範疇を越えていた。

鈴木が技を立て続けに繰り出し、グロッキー状態になる和泉に、和泉元彌のプロレス指導として練習に付き合っていたプロレスラーAKIRAが救出に入る。

だが、乱入したゲイシャガールの白粉攻撃でAKIRAが戦闘不能に。ゲイシャガールは続けて和泉元彌へ白粉を投げるが、これが鈴木に誤爆。

視界を奪われた鈴木のタックルがゲイシャガールへ誤爆すると、和泉は一気に鈴木の肩へ飛び乗った。

そして繰り出された。会見で技名だけが発表された得体の知れない必殺技「空中元彌チョップ」!

このチョップを受けて崩れ落ちた鈴木を和泉がフォール。1、2、3!カンカンカン!

スリーカウント。和泉元彌がプロレスラー鈴木健想から大金星を挙げた。

熱狂の渦に包まれる横浜アリーナ。気づけば私も試合に引き込まれ、テレビの前で拍手を送っていた。


この試合は鈴木健想というレスラーの技量と、和泉元彌という一流の演者が作り上げた最高のプロレスだ。


和泉元彌は言うまでもなくプロレスラーではない。プロレスにおいては素人である。だが、観客を魅せる点では一流のプロだ。張り手やバックブリーカーを受けて顔を歪ませる和泉。こんな和泉元彌を誰も見たことがないのだ。いつも涼しげな表情で会場を沸かせる男がここでしか見せない苦悶の表情は観客に痛みを伝えるには充分すぎた。だからこそ、終盤ゲイシャガールの攻撃を避けての空中元彌チョップから大逆転劇に会場の誰もが感情を揺さぶられ、勝利に歓喜したのだ。もしこれがいつものクールな和泉で終始試合をしていれば、「空中元彌チョップ」に必殺技としての説得力を持たせることはできなかったし、和泉元彌の勝利を観客は冷めた目で見届けていただろう。


そして鈴木健想。かつて「アントニオ猪木は箒とプロレスができる」という言葉があった。それは、本物のプロレスラーは箒が相手でも観客を熱狂させられるということだ。鈴木は素人である和泉元彌に何の躊躇もなく張り手やプロレス技を浴びせた。その攻撃1つ1つが素人とプロレスラーの格の違いを見せつけた。

「こりゃ和泉は勝てないな」

そんな絶望感を張り手、バックブリーカー、ネックハンギングツリーというわずか3つの技だけで観客に伝えさせたのだ。

だからこそ、白粉誤爆から空中元彌チョップを受けて敗れるという一連の流れを観客が何ら違和感なく受け入れることができた。

圧倒的な力量差の相手から隙を突いて勝利を収めるという日本人好みの王道展開を素人相手にやってのけ、熱狂空間を生み出したのだ。


この試合はこの2人でないと絶対に成立しなかっただろう。この2人だからこそ、プロレスラーと素人という異色すぎる組み合わせで最高のプロレスが出来たのだ。

ぜひ、興味がある方はこの試合を見てみてほしい。

できれば後楽園ホール大会での掛け合いから見てもらえれば一層面白いのでお勧めだ。


90年代末期の全日本プロレスは頭から落とす危険な技の応酬で熱狂空間を作り上げた。

だが、鈴木健想vs和泉元彌は頭から落とさなくても熱狂空間を生み出した。

現代のプロレスは危険な技が排除されてきているが、もしかするとこの試合こそ危険な技をしなくてもプロレスは魅せられるという現代プロレスに繋がる原点だったのかもしれないと今になると思う。


ぜひ興味を持たれた方は、現代のプロレスにも足を運んでみてほしい。そこには非日常の刺激あふれる空間が広がっていることだろう。


それでは、また👋