🍁




















「瓦屋禅寺」

滋賀県東近江市建部瓦屋寺町436




 瓦屋禅寺は聖徳太子の草建の歴史ある禅寺 

【瓦屋禅寺の歴史】

当山の歴史は1,400年以上前に遡ることに成ります。
寺伝曰く聖徳太子が山中の土を用いて
瓦を106,000枚から108,000枚造らせて
摂津(大阪)『四天王寺』建立の際に
その瓦を用いたのが寺名の由来とされます。

『瓦屋寺』(かわらやじ)の名は
聖徳太子より賜り、
本堂中心の
『十一面千手千眼観世音菩薩立像』
(旧【国宝】・現【国重要文化財指定】)、
『四天王像四体』
(【東近江市文化財指定】)、
『地蔵菩薩座像』は
寺伝によると【聖徳太子御作】とされ貴重な宝物です。

源仁により再興され『華厳宗』の『東大寺』の末寺であり一山四十八坊を抱える大寺として隆盛を極め、
『比叡山延暦寺』の関係で『天台宗』時代もありましたが、永禄年間に織田氏の兵火に罹災し、惜しくも堂宇は悉く消失してしまいました。
その後80年程の間は荒廃し世の無常さを感じさせましたが、
江戸初期(正保年間)に奥州松島『瑞巌寺』
中興雲居禅師が市内に伊達藩の飛び地があった関係で、高弟の香山祖桂禅師が
この古刹『瓦屋寺』の衰退を嘆き再興を誓い雲居禅師の篤志者であった八日市福原茂右衛門を願主に小堂を建立、
梵鐘を吊って『臨済宗妙心寺派』の一寺として「瓦屋禅寺」が中興されました。

香山祖桂禅師は27歳より74歳で亡くなるまで
50年近くも当寺の中興事業にご精進されて
四方より修行僧が訪れその教えが広く伝わり、延宝年間には越後十日町(現新潟市)の
水野五右衛門の篤志で本堂の再建し、諸堂が整備されたとされます。

現在は平成30年4月【国登録文化財】として
本堂・庫裡・地蔵堂・開山堂・経堂・
賓頭盧堂・鐘堂の七棟が指定されます。

『近江西国霊場第十八番札所』として指定され晩秋モミジの頃には多くの参拝者が訪れ賑わいます。

本足跡






















『瓦屋禅寺』























『檜皮の森』











聖徳太子 ‼。。。✨

そして !!
『四天王寺』‼。。。✨✨

きらくろねこ↑きらキラキラ












令和5年に ‼ 
『秘仏 御開帳』‼




















『瓦屋寺』‼ …

『瓦』。。。✨












kirakirakirakira 紅葉 kirakirakirakira


































kirakirakirakira 紅葉 kirakirakirakira







































































『般若石』




きらジジ!!きらキラキラ










































シャボン玉シャボン玉キラキラ 紅葉ポプラもみじポプラ キラキラシャボン玉シャボン玉



















































































『本堂』




きら黒猫↑きらキラキラ





おぉ〜!!✨ これは‼すごい!!✨✨
















『瓦屋寺』



『本堂』
 
『瓦屋禅寺本堂』は
琵琶湖で採取される『葭』(よし)を用いた
近年では珍しくなった茅葺類の
『本堂』(【国登録文化財】)であります。

大きさは桁行三間、梁間四間の
大きな入母屋造りで正面には向拝を一間を備えた壮大な造りの『本堂』となります。
開基聖徳太子が創建当時(約1400年前)に建立した姿はの姿は現在では見ることは出来ませんが、1645年(正保2年)~1676年(延宝4年)に建立した山寺の本堂には目を引かれます。
内部中心には【国重要文化財】の
『十一面千手千眼観世音菩薩立像』(秘仏)を安置し、
東近江市文化財『四天王像』
(伝聖徳太子御作)や
聖徳太子二歳時の『南無佛』(秘仏)
等 多数の古仏が安置しております。

現在屋根の痛みが激しくなっておりますが、
令和5年10月から12月までの
『瓦屋禅寺御本尊特別開帳法要』に合わせ
修繕の計画を立てております。
工事期間は三か年を要し広く募財を募り
『葭(ヨシ)一束』(2000円)から奉納することが出来ますので、ご協力の程宜しくお願い致します。 

本足跡







屋根を下から見上げてみた ‼✨✨









琵琶湖 ‼… 湖畔原産の!!。。
『葭』‼✨✨














【秘仏】
『十一面千手千眼観世音菩薩立像』
(旧【国宝】・現【国重要文化財指定】)







【秘仏】
聖徳太子二歳時の『南無佛』














『地蔵堂』














『地蔵菩薩座像』
伝【聖徳太子御作】


































『開山堂』
























『経堂』





















『瓦屋寺』(かわらやじ)は、
滋賀県東近江市建部にある臨済宗の寺。

『箕作山』の中腹に位置し
『湖国百選 社/寺編』に指定されている観光名所の一つ。
地名の「瓦屋寺町」はこの寺に由来する。






『瓦屋寺』

【所在地】
 滋賀県東近江市建部瓦屋寺町436

【位置】
北緯35度7分29.6秒
東経136度11分1.9秒

【山号】
石崎山

【宗派】
臨済宗妙心寺派

【本尊】
千手観音菩薩
(秘仏 【国の重要文化財】)


【創建年】
寛平3年(891年)

【開基】
(伝)聖徳太子

【正式名】
瓦屋禅寺


【文化財】
『木造千手観音立像』、『木造四天王立像』








【歴史】

『輿地志略』による記述では、
聖徳太子創建の旧跡であり、
摂津『四天王寺』を建立する際に協力した、
帰化人の『秦氏』が『近江』で木材を調達したり、山の土で瓦を焼成し、この地に一寺を建立して『瓦屋寺』と号したとされている。
『箕作山』からは飛鳥時代後期(白鳳期)以降の古瓦が多数出土しており、比較的古くからこの地で瓦が焼成されていた。

寛平3年(891年)
奈良『東大寺』の僧・源仁によって再興され、
東大寺末寺となる。
当時、僧房24宇・宗徒160であった。

文禄2年ごろ(1594年)
焼失し、堂宇も再建されないまま荒廃する。

正保時代(1644年ごろ)
当時の住持職であった美濃『瑞竜寺』(現岐阜市)の高弟・香山祖桂が、同寺にいた僧・雲居希膺に資金提供を請い、堂宇の再建などの復興事業に着手する。

江戸時代中期(18世紀)
当寺を菩提寺とする彦根藩家老庵原氏を介して、彦根藩の保護と奨励を受ける。

平成6年(1994年)
『金色大慈母観音像』を再建する。






【文化財】


【重要文化財】

『木造千手観音立像』
 - 像高160.5cm(カヤ材一木造)素地。
平安時代後期の作。 
疱瘡などの伝染病の予防や治癒に御利益があるとされ、芋を串に刺して仏前に供えたことから「芋観音」と称された。







【登録有形文化財】

『本堂』
『地蔵堂』
『開山堂』
『経堂』(海印蔵)
『賓頭廬堂』
『鐘楼』
『庫裡』

※ 本節の出典
: “文化財一覧”. 東近江市. 2020-030-14閲覧。








【八日市市指定文化財】

『木造四天王立像』
 - 平安時代後期の作。
『木造千手観音立像』を守るように安置されている。


本足跡














きらジジきらキラキラ



















金色大慈母観音像 ✨✨




















✨✨✨