それでも気になったから始めてみた!『やったことリスト手帳』 | “私”と世界に恋して生きる♡ブログ/かまたりほ/在り方・恋愛・美容・生活

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いま、吉野さやかさん(さやちゃん)が

発売してるやったことリスト手帳



私は、なぜか何故かなぜなのか

どうしてか、よくわからないけど


ものすんごい気になって……




はじめましたっっ指差しびっくりマーク





私、さやちゃんが

子宮委員長はるちゃんだったときに

東京にあったお家で、当時販売していた

バスソルト作りにお仕事として

参加させてもらったことがあった。♡


(お部屋上すごいいい香りで、

こんな空間で仕事ができるなんて、

すごいなぁ、楽しいなぁて当時は思ってた照れ






で、私はさやちゃんの

億女大学だったり、今やっている

「生活ビジネス」も参加はしてません。



でもなぜか、何故なのか?


この「やったことリスト手帳」は

すんごくすんごく、気になって…


気にしてるその「氣」に

疲れるからネガティブとりあえず「やろう!」

ということで、はじめてみた。✨





と、いうのも。。


最近いくつか感じることがあって!




今年の3月末からラッコさん(彼氏)と

一緒に住み始めて、今4ヶ月経って。

自分に対して「あれ?」って思うことが

増えた。




私は大好きなラッコさんと

今年の年末に入籍する予定。✨


私の夢の一つでもあった

大好きな人と結婚すること

大好きな人に愛されること

が、実現することになる。



ずーーっとずーーーーーーっと

誰かに愛されたくて

拗れた部分を持ってたけど

長年そんな夢を描いてて。



結果出会った人は、私のことを

大切にしてくれて

寄り添ってもくれて


いい感じに放っておいてもくれて、

愛情を伝えてくれて、応援もしてくれる。




私がラッコさんを通して感じるのは


愛される喜びと、一緒に合わせて

誰かを愛する気持ちになれて

それを通して自分への愛の気持ちにも

素直になれるようになった。






お引越しをしようと決めたのは、

「時間」を稼ぐため。



私は、ラッコさんに出会った時から

「私この人と結婚するのかな?」って

なんとなく感じてて


ラッコさんの意思も踏まえて自然と

お互いに結婚することを前提に

一緒にいるのが普通になった!




私は、欲張りで


恋愛も夢もどっちも!!

叶えたいが望みで




ラッコさんは不定期・不規則な仕事をしてて

その中で私が、ラッコさんの家まで

会いに行ったりするエネルギーや

そのためにお互いに必要になるお金を


お互いの生活の一部としたかったし

ラッコさんといることが生活になれば


不定期な仕事をしてても、

同じお家に帰れるし、少しでも

顔が見れて会話ができる!と思って

引越ししたのが、はじまり。





​実際に「生活」してみて感じたこと


ラッコさんは(いわゆる)家事も

やってくれて、お互い生活リズムが違う分

「できるときに、できることをやる」

スタンスで(今は)生活してます!




私が仕事で、ラッコさんが休みなら

洗濯、掃除、夜ご飯作りもしてくれる。


「理帆ちゃんのやりたい事ができるように」

できる限りのバッグアップはするよ!


って言ってくれてて

実際、私は今までよりも外で働く日数を

減らしてその分ラッコさんに生活するための

お金を出してもらってたりもしてる。



その空いた時間や余白を使って

自分に向き合うことに集中したり

ブログ書いたり…etc



ラッコさんの作るご飯は美味しいし、

お互い料理の腕やレパートリーが

増えたりして、ね。♡





生理前〜生理でしんどいとかも含めて


「無理しないでいいよ」って、

適度にサボることに関しても何も言わないし


一回私が勝手に頑張りすぎて

「ちゃんと言ってくれたら俺も

やるから、無理しないでよー」って

言われたこともあった!笑






その中で私が仕事から帰ってきて

夜ご飯を作るときもあり

帰りに少し買い出しすることもあり…。


休みの日は「午前中に洗濯しちゃお!」

って感じで、早起きして洗濯機を

回すこともあって



それは「私のペース配分」として

「やりたい!(洗濯干したい!)」から

良いんだけど…。





やっぱりどこか「やらされてる」とか

「してあげてる」みたいな自分も出てくるし


家事やご飯作りは何にもならない事

つまらないこと、大変で疲れること

みたいな価値観も、わんさか感じたオエー


しかもそれが本当か?

体験する前から(笑)!!

 


で、これまだ言語化できてないけど

お母さんに対しての怒りや拗ねだな

って薄々感じてる。





仕事でエネルギー使って疲れた中

「あーーーブログ書きたい!」と思っても

そこまで体力が残ってないことに

「きーーームキー」って感じたりもして。笑



なんだか、私は自分がラッコさんと

一緒にいたくて引越しをしたはずなのに…


そしてそれは私の人生の私の選択なのに

生活そのものに、イライラしたり

(なぜか前提として)

生活するのは、つまらないって

なんか本末転倒じゃない?と。




私が、ラッコさんのこと好きで

(ラッコさんも同じ気持ちで)

私が、ラッコさんと住みたくて

生活をしているのに


望んだはずの「生活」そのものに、

いらいら、かりかりしたり


あれもできない、これもできない

疲れて動けない…ムキームキーっていうのは



なんか…違うってえーん







しかも、最低限私がすることはあっても

その中でラッコさんも家の事してくれて


食費や生活費だったり、諸々

してもらってること沢山あるのに

それでも私は、自分の中の意識として



拗ねと、〜してくれない


が自分にこびりついてて…




よくわからないけど、

私は一体何をしてるんだろう??って。


自分不在みたいな。

いつになったら、受け取るの?

私は何してるの?って


感覚になることもあった。







​目の前のことから逃げた失敗


今まで色んな事にたくさん失敗してきて

単刀直入に、


理想や願望は「生活」の中

で、叶う・叶えるということ。✨




私今までたくさん

目の前のことから逃げて来た。



今思えば

(そのときは必要だったのかもしれないけど


ほんとーーーーーーーーーに、

いらない(クソみたいな)プライドを

大事に大事にしてた。


(これも色々言語化したいーっ泣き笑い





さやちゃんがインスタ?かな?

どこかの投稿の中で

「やったことリスト手帳で惨めさに向き合う

みたいなことを書いていて


(多分そうだったと思う👀)



私そもそも、自分自身のことを

惨め扱いして、悲劇のヒロインして

自分に傷酔してたと思う。






いまは実家を出てラッコさんと暮らしてるから

より家事とか「生活」=自分の人生

という意識や枠がくっきりしたんだけど


〜20代前半は実家住みだったから

めちゃくちゃ親に甘えてた。

 



で、私が子宮委員はるちゃん

出会ったのは(ブログ)まだ大学生で

21歳くらい?だったから


当時は大学の単位も取り終わってて

時間があって

ほんとーーーに色んな人に会いに行って

色んな世界を観に行ってた。




「なんか変だな」とか

「私のやりたいことじゃないな」って

感じることは、


(変な意図で)ビジネスとか誘われても

断っていたし、変だと思えば

さっさと帰ったりしてたけど





その色んな人に会いに行くことは


目の前の自分から

ただ逃げたかっただけ

だったんだなって今なら思う。





私は本当に、相当に相当

拗れてた、本当に拗れてた。🫠🫠笑



自分が拗れていることに

向き合えたら「拗れ」はないのかも

しれないけど




当時出会った人に言われてたことも


ネガティブな感情がドバドバ出て

怒りも涙も沢山出て

それが苦しくて、悔しくて


嫌で嫌で仕方ないから

言われてた事を素直に

実践することができなかった。





今思えば「親に甘えてる」ことすらも

堂々と甘えさせてもらって

その余白で、自分の「こうしたい」を

叶える努力をしたらよかったと思う。




親がお金を払ってくれたり、

家の事をしてくれたり、

何かを手伝ってくれたり…



なんかそんな風に色んな形で

甘えたり頼る事があっても


自分のこと責めてると

素直に受け取れないし


「私親に気を使ってます」

アピールして、認められようとするやん?





私は本当に母に怒りしかなかったから


当時は感謝もなかったし、

そういう自分の目の前を

全然観たくなくて、観る気もなくて


 

何かをコツコツ続けたり、

必要ならば、仕事をする、お金稼ぐ。


言われたことを「やってみる」ことが

できなかった。






私の目の前を見る、っていうのは

自分の「生活」を観る

ということかなって思う。



私はいま、どんな世界で生きてるか?

何を買って、何を選んで

どんな空間で、どんな香りを嗅いで

どんな音を聞いて、誰といつ、どこで


私は何を感じながら

生きてるか?生活してるか?を


ちゃんと直視して



リアルな現在地

把握することだなって


やっとやっと自分に思える。




だから改めて

どうして生活にイライラする?のか


私はちゃんと自分の意識を持って

生活できてるか?

なら、ここからどうしたいのか??

をちゃんと自分で決めたいと思ったのです。





​目の前のことをコツコツやること



これは「拗れ」にも繋がるけど


私はそもそも、コツコツやるとか

「今できることをやってみる」

ってことが、いつの間にできなくなってたあんぐり




それは多分今の自分のリアル

たくさんたくさん見えて


その都度落ち込んだり

自分にがっかりしたり


怒り、かなしみ、悔しさ寂しさ

不安、罪悪感…



自分に対して「あーーーーガーンえーんショボーンムキー


って部分がわんさか、たくさん

湧いてくるからだと

今は思ってます。!





でもリアルな自分を観たら


今できることを

今の生活の中に組み込んで

やってみるしかないかなって思った。✨




「こういう生活、理想を叶えたい!」は

めちゃ強く持ちつつも


今できる事を地味に地道にやってみる。。





その中で、私は嫌なことも苦手なことも

どうしたらなるべく快適に

続けることができるのか?

をすごく考えるようになったのと


「それって本当に嫌なこと?」

「いやなら、どうして?何が嫌?」


を、自分で把握するように

意識が動くようになった!





でっ!!!!!


「やったことリスト手帳」を

数日書いて、それを眺めて感じたこと



時間ないことが、嫌だから

 家事やご飯作りはやりたくないもの

→案外余白や時間はあるもの


一つ一つの作業、やりたくない!!

→丁寧にやればそんなに時間が掛からない


「何もやれてない!!」ってイライラ

自分の「やれてること」が視覚化するから

 自分のために動けてるがくっきりする。






冒頭で、家事やご飯作りは

何にもならないことって

決めつけてる自分がいたと書いたけど



私は本当は自分自身に

「私は、これはやれている

「私はこれをやっている」


(私はまだ自分の家族や子供いないけど)

「私は自分のためにも、家族の為にもしてる」



って、私は◯◯してる


って自分のしたことを

認めたくなくて、ずーーーっと

何かしらに文句や不満を抱いて


自分を肯定したくなかっただけ

拗ねてただけなんだなってことも



まだ、なんとなくだけど、

そんなことを感じた。✍️…







私は、もし理想の自分が叶っても


それを安心して味わえる生活とか

心から喜べる時間、空間がないのは嫌。



1人がいいからと言われたらそれは嫌で

ラッコさんや家族がいないのは、


すごく寂しいし、それは嫌で。

望んでる事じゃない。




私の人生もそうだけど

これから作られていく「家族」の人生や

その子たち?やラッコさんが

叶えたいこと、叶えられたことも


素直に喜べる私がいいし



そういう生き方をしたい。!






ならね、私は

やっぱり目の前のことを丁寧に

コツコツやるしかないし


生活そのものを楽しみたいし、


生活(人生)を少しずつ

彩り豊かにしたい🌈






何か感覚の変化だったり、

やってみて「どうかな?」

っていうのが、私的にはドキドキ✨


とりあえずやっていきまーーーす!!