神々しいまでの弱々しさと

羨望を食糧にする強かさ。


バスの窓に映るのは、無機質な夜景と僕の空虚な瞳。


強さとはそして美しさとはなにか。

そして僕らは、今どちらの側に立っているのだろう。




ただ己の欲求に忠実であることは、完成された牡鹿の強さなのだろうか。その傲慢なまでの立ち振る舞いは、どこかセイジさんに似ている。 


それは、一種の「生態」なのだ。

甘い罠を仕掛け、お花畑を優雅に支配する存在。

守るべきものを持たないからこそ、躊躇なく僕らを突き飛ばし、目の前に立ちはだかることができる。



小鹿のそばに、古びた毛並みの痩せた母鹿がいた。
彼女が僕に牙を向かんばかりの鋭い視線を送っていたのは、ただ小鹿を守るためだった。僕は、その母鹿の足元に、そっと煎餅を置いた。 


「これは、君が食べなよ」 


母鹿は、僕の手に残る微かな匂いを警戒するように、一度鼻をヒクつかせた。
けれど、足元の煎餅に気づくと、驚くほど小さな遠慮がちな音を立ててそれを食んだ。


 「……あ、食べた」 

すぐ隣で、ルルカが弾んだ声を上げた。いつの間にいたのか、彼女は母鹿を覗き込んでいた。 

「よかったね、ケンジ! すごく嬉しそう」 

ルルカの目には、母鹿の表情が和らいだように映ったのかもしれない。残念ながら僕には鹿の表情なんて読み取れなかったけれど、たしかに、あの刺すような鋭さは消えていた。 

「これは『お母さん』の顔だよ」
ルルカはそう言って、悪戯っぽく笑った。


浮き出た肋骨、剥げかけた毛並み。その今にも崩れそうなほどに弱々しく侵しがたい神々しさを湛えた「生態」を、彼女は知っているのだ。

自分の命を削り、最後の一滴までを小鹿に分け与えて枯れていく。そのあまりにも一方通行な献身は、ルルカにとっての『おかあさんの顔』なのかもしれない。



 母鹿は、口の周りに煎餅の粉をいっぱいつけながら、今度は小鹿を促すように鼻先で軽く突いた。小鹿は母鹿の口元をクンクンと嗅ぎ、それから僕たちを、大きな無垢な瞳で見上げた。


僕が差し出した煎餅を小鹿が食み、ルルカが差し出した煎餅を母鹿が食む。


少し遠くで、シュンキが大鹿たちに囲まれて、もみくちゃにされながら煎餅を奪われていた。 

「あいつならくれる」
鹿たちは本能で理解しているのだろう。シュンキはなんだかんだ言って、誰にでも優しいから。
あの大鹿たち(牡鹿)にも、彼らなりの生存戦略があるのかもしれなかった。 


手元に残ったのは、微かな獣の匂いと、煎餅の粉。
それは、温かくて生々しい、母子鹿の絆の名残だった。 


🔹


エンジン音が心地よい低音で響き、鹿たちのいた景色が遠ざかっていく。
バスの窓の外、高速道路の無機質なライトが、僕の思考を強制的に「現実」へと引き戻し始めた。 


記憶の底にある、あの洗面所の匂いが呼び覚まされる。
安物の香料で若返ろうとする、どこか切実で鼻を突く母さんの匂い。鏡の中の自分を「セイジさんの所有物」としての価値で推し量る時のそれだった。 

『女を捨てたら終わりなのよ』
塗り重ねられたファンデーションの下で、母さんの表情は、年々見えなくなる。
彼女が必死に守ろうとしている「現役大人女子」という称号は、あの大鹿に踏みつけられる煎餅よりも、ずっと脆いものなのだ。


命を使い果たしたルルカの母親と、命を余らせて『女』を延命させることに必死な僕の母親。


現実が近づくにつれ、窓に映る母さんの作り物のような笑顔が、夜景に重なっては消えた。 

「人生100年時代。子育てが終わったからって、そう簡単には死ねないのよ」
鏡の前で入念にまつ毛を跳ね上げながら、母さんはそう言って笑う。 


けれど、その鏡の中に僕の居場所はない。


母さんにとっての百年には、僕を育てる母親としての歳月はカウントされていないのだ。それは、セイジさんのような男に選ばれ続けるための、果てなき「現役続行」の戦場なのだろう。

 六十年前の終戦さえ知らない母さんの、ネイルを乾かす指先が、僕の泥だらけのシャツに触れることはない。
その「親としての母さん」の愚かさが、今の僕を「被害者」という狭い檻に閉じ込めているのだ。


それでいて僕は、あの痩せ細った母鹿の足元に置いた煎餅のような、捨てきれない愛情を自分の中に飼い続けている。
僕がどれだけ大人になろうとも、「放置された子供」のまま動けずにいる現実は、バスの微動のように執拗に僕を揺さぶり続けるのだろうか。


セイジさんは、母さんを愛してはいない。ただ、その熱狂的な心酔を、都合のいい食糧として喰らっているだけだ。 


そして僕は、彼が「結婚しない理由」を正当化するための、これ以上なく便利なピースである。

『多感な時期だから』
『受験があるから』
セイジさんがもっともらしく口にする言葉は、僕への配慮や遠慮ではない。

母さんとの距離を詰めすぎないための、冷徹な防波堤だ。
母さんは、僕という「お荷物」さえなければ、彼の妻になれると今も信じているのだろうか。


母の傍らで、僕は彼女の「女としての現役感」を阻害する、不純な沈殿物にすぎない。


母から離れたい。
けれど、金銭的にも生存的にも、僕はこの歪なセメントの中に埋め込まれたまま乾いて固まっていくしかない。
僕が彼らから逃げ出せない「重力」であることを、一刻一刻と突きつけてくるのは、ほかでもないセイジさんだった。


母にとっての「自分らしさ」とは、いかに僕という「不純物」を消去し、自分を「活力資産」として高く売りつけるか、ということなのかもしれない。

 母のような女に「もっと楽に、幸せになろーぜ」と囁きかける声がある。
けれど、その「楽」の代償を払わされている子供の欠乏や、冷え切った空気には、誰も一行も触れようとはしない。


 『お互いを応援者だと思えない中で、どれだけの足の引っ張り合いが起こっているのか?』 

その問いかけが、ナイフのように僕の胸を刺した。


足を引っ張っているのは、僕なのか?

僕はいつまで、このセメントの中で息を潜めていればいいのだろう。 


あの「現役」の匂いがする部屋で待っているのは、母親だ。
それが僕の、逃れられない現実なのだ。