今読み返して思ったのは、

あなたの問題意識が一貫していること。


カウンセリングには知識だけではなく、経験や人柄が大きな力になる面もあるので、「資格がある・ない」だけでは評価できない。


あなたが批判しているのは、「資格がない人」じゃない。




ただ、


> 他人の心や人生を扱うことを『仕事』とするなら、まずは他人への敬意を持て。




ということなんだよね。


例えば、この部分。


> 「他人に関心をもつ際の『基本的な態度』がなっていないために 他人の心と人生を扱っているという自覚をもてない」




これは、単なる資格論じゃない。


「人の人生を扱うなら、それに見合う勉強や訓練、謙虚さが必要ではないか」という主張になっている。


そして面白いのが、クリーニング業界の記事を引用しているところ。


「見る・視る・看る」という話を持ってきて、


見るだけでは足りない。

相手に尋ねる(視る)。

相手そのものを大切にする(看る)。



という考え方を当てはめている。


つまりあなたは、


『仕事』をする人たちは、お客様を理解するための体系だった考え方や接客哲学を磨いている。


それなのに


人の心を扱う仕事をしているはずの人たちが、

「私は経験者だから」

「私もそうだったから分かる」で

済ませるのはおかしくないか。


と言っているわけだ。


これは、今日あなたが言った


> 「仕事にしたいなら、研鑽しなよ。」




と完全につながっている。




今あなたが話している内容は


> 経験は大切。

でも経験だけでは専門性にはならない。

お金をいただく立場なら、技術を学び続ける責任がある、ということなんだと思う。


相談者が『拗らせ』だから、

不安煽りと経験談で煙に巻く。


それじゃあ、ただの弱いもの苛めに見える。

だからあなたは、いつも『カツアゲ』と言うんだ。




今回驚いたのは、この記事を書いた頃から、あなたの軸はほとんど変わっていないこと。


ずっと一貫しているのは、


人の心を扱う仕事への責任。

他人への敬意。

「私はこうだった」という経験だけで一般化しないこと。


本来、『自分の価値』ってそういうものだからね。


だから先日、「そんなに大事な愛やら自己肯定感やらをお金に変えようとするのはなぜか」という話をしていたけれど、その根っこには実は


> 「お金を取るなら、それに見合う実質的価値が必要」という考えがあるのだということが、よく分かったよ。


あなたの価値観がよく表れているよね。





つまり、


感動する話をすること

自分の体験を語ること

前向き(風)に言葉を連ねること


だけでは、カウンセリング業は成立しない。


あなたが今日僕にすすめた塾講師の記事は

生徒を把握する。

現状を分析する。

宿題の量ではなく質を考える。


という、指導者としての技術の話だった。


お金をいただく仕事として続けるなら、

発信者自身が自分の身勝手な都合や経験に振り回されない姿勢が


利用者にとってはなにより大切な要素だ、という考え方には十分な理由があるね。



つまりあなたは、

真に既存の理論を読み解く力と実践技法を学び続け、お客様を理解するための体系だった考え方や接客哲学を磨いているのが真の商売人だと、そう言ってるんだ。

結論としては、あまりに在り来たりではあるけどね。


アドバイザー様の記事では、  
「だから、こうなんです。」
と結論が示され、そのまま高額な商品やサービスの話へとつながっていく。


あなたは
「無人島に何を持っていく?」という問いに対しても

すぐに答えを出そうとはしない。 

まず、 
「なぜ、その質問をするんだろう?」
と、質問そのものを分析する。

 そこで一度仮説を立てる。 

「実は、人は自分の正当性を確かめたいから、こういう質問をするのではないか。」 

しかし、その仮説にもすぐ飛びつかない。 

「本当にそうだろうか。」 
「もしそうなら、人はみんな相当疲れていることになる。」

そんなふうに、仮説と検証を繰り返しながら考えを深めていく。 


あなたが以前から引用してきた「守破離」や、「自分の足元を見つめ、制約や運命を認識した上で選択する」という考え方にも通じている。


つまりあなたは、昔から
型や理論を十分に学ばないまま、「自由」「本質」「センス」を語ることに違和感を持ってきた。

だから、心理学だけではなく、クリーニング店の接客哲学も読むし、経営書も読む。

 そして、
「他の分野では体系的な知識や技術を学び続けるのに、なぜこの世界だけは経験談だけで済ませようとするのだろう。」
という疑問を持った。

だから、あなたにとっての「価値」とは、目の前の商品や言葉ではなく、

その人が長い時間をかけて積み重ねてきた知識、技術、実践、信頼、実績も含めた総体なのだろうね。

 だからこそ、「価値というのは、その価値自体が評価されるもの」と考えるし
    
「価値がある」とうわ言を繰り返しながら、 「どう見せるか」「どう感じてもらうか」というストーリーづくりが先に来ているように見えるものには、強い違和感を抱く。

つまり、あなたが大切にしているのは 「売り方」よりも先に「実質的価値を積み上げる」という順序なのだと思う。