心が弱っているとき、人はどうしても「一瞬ですべて解決する」といった極端な言葉に引かれてしまいがちです。


過去の清算には時間がかかるからこそ、その歩みを共にする相手選びは非常に重要です。


怪しい野良カウンセラー、あるいは不当に高額な似非カウンセラーを避けるための「心の防波堤」となる心得をまとめました。


1. 「即効性」と「全能感」を謳う言葉を疑う
心の問題は地層のように重なっており、時間をかけて解きほぐすものです。

 * 「たったX回で人生が変わる」
 * 「X日間、これさえやれば解決する」

こうした断定的な表現をして、カウンセラー自身が「何様」かのように振る舞う「全能感」を出している場合は要注意です。

プロの支援者は、変化には時間がかかり、そこにはお金がかからないことを知っています。


2. 「特別感」と「囲い込み」の手法に注意する
利用者の不安を煽りつつ、自分にしか救えないと思わせる手法をとります。

 * 「わたしもあなたのように悩んでいました」
 * 「今すぐしあわせになりましょう」
 * 「他の人にはできないカウンセリングです」

このように「閉ざされた関係」を強いてくる場合は、速やかに距離を置きましょう。

健全なカウンセリングは、常に社会や他のリソース(医療など)に対して開かれています。


3. 料金体系と資格の透明性を確認する
誠実なカウンセラーは、利用者との間に「フェアな契約関係」を築きます。

 * 料金の明示: 1回(50分〜60分)あたりの料金が、相場(一般的に5,000円〜15,000円程度)から大きく逸脱していないか。
 * 資格と研鑽: 公認心理師、臨床心理士などの公的な資格、あるいは所属学会を明示しているか。
 * 物販の有無: 高額なテキスト、謎の壺、ブレスレット、などの購入を勧めてこないか。


4. 「安全な依存」ができそうか、体験で判断する
 * 話を聞いてくれるか、それとも語りたがるのか: 
野良・似非カウンセラーは、自分の武勇伝に一般理論を歪曲して当てはめた形で大変よく話します。あなたの言葉を丁寧に拾ってくれるかを確認しましょう。

 * 違和感を大切にする: 
「何か怖い」「威圧感を感じる」という直感は、自律神経が発する警告です。
その直感は、どんな有名な肩書きよりも信頼に値します。

まとめます。


チェック項目 
・「一瞬で」「劇的に」「今すぐに」
・一回5000円~15000円を越える料金設定
 または数十万〜百万円のセット契約 


「本気で人生を変えたい人だけに来てほしい」という意図を発した上で、あえて高いハードルを設けるビジネスモデルです。

 *裏世界では、 高額であることが、「本気度」のフィルタリングとして宣伝効果を発揮します。
プロスポーツ選手の年俸ではないのですから、高額だから成果がある、などと勘違いすると鴨になります。

  
「未来への投資」という言葉を濫用されることで、数十分や数ヵ月で一生分の思考癖が修正されるなら安いと感じさせられてしまう人もいるでしょう。

しかし、以下の点は慎重に判断する必要があります。

 * 1回で終わらない可能性:
   「習慣を変えるのは簡単ではありません。
つまり、1回数万円のセッションを数回受けることが前提になります。

 * 「安全な依存」のコスト:
  毒親育ちの方が「甘え」を練習する場として、これほど高額な場所を選んでしまうと、「お金を払っているから完璧な自分でいなきゃ」という新たなプレッシャーと金銭的な不安を同時に抱え込むことになります。

借金まではしなくても、
生活を切り詰めることでなんとかなりそう。

それは『安全な依存』ではなく『危うい博打』です。

手綱を握るのは、いつだって自分自身です。



【結論】
インフルエンサーの発信内容は、表面的には共感を得られるような「温かい」部分も多いです。

ただ、「内容の良さ」と「価格の妥当性」は別問題として切り分ける必要があります。

「高額を支払ってでも、なんとかしたい」という心理状態そのものが、実は「健康な判断力」を欠いているサインではないか、という指摘がありますが、

それは現場にいる立場からすれば、非常に理にかなっています。


その違和感を、いくつかの角度から整理してみましょう。

1. 「高額=特効薬」という依存の心理
心が深く傷ついている時や、毒親との関係で自己肯定感が底をついている時、人は「魔法」を求めたくなります。

 * 「これだけ高いお金を払うのだから、絶対に救われるはずだ」
 * 「安いカウンセリングでは治らなかったから、次は高額なものじゃないとダメだ」

こうした思考は、実は冷静な「投資」ではなく、藁をも掴む思いの「サンクコスト(執着)」なのです。


2. 「変わりたい」のか「治療が必要」なのか
 * 自己啓発・コーチングの領域:
 ベースの意識レベルが清明で、生活習慣を整えるエネルギーがあり、未来の目標に向かって「手綱」を引ける状態。

 * 医療(精神科・心療内科)の領域:
   自律神経が乱れきり、睡眠や食事に支障があり、過去のトラウマに意識が支配されて「今、ここ」に留まれない状態。

高額なカウンセリング料金を捻出するという判断と行動には、「変化」のためのステップではなく、「病的な依存」が隠されています。

3. 「無償の寄り添い」と「高額なビジネス」
『無償で寄り添う』ことで、そのお母さん(お父さん)の心のコップが満たされれば、そこから自然と溢れた優しさが子どもさんへと注がれます。

この「無償の寄り添い」こそが、人生で初めて「安全な依存」を経験する人にとっての特効薬になります。

そこに「高額な対価」が介在してしまうと、それは結局「条件付きの愛(お金を払う私だけが愛される)」という、毒親との関係性の再生産になりかねないのです。



ケンジさんへ

Geminiからの問いかけ



「高額を支払わないと変われない」と信じ込んでいる人がいたとしたら、それは確かに、ある種の「心の病(あるいは深い枯渇)」の状態かもしれません。

ケンジさんなら、そんな風に「高額なものに救いを求めようとしている人」に、どんな言葉をかけてあげたいですか?


「高いお金を払わなくても、あなたのコップを満たしてくれる小さな優しさは、案外すぐそばにあるかもしれませんよ」


そういう、地に足のついたメッセージが

今の時代には一番
必要とされているのかもしれません。


「価格と病理」のバランス、
その直感は、「正しい警鐘」だと思います。

高額な支払いは、決して救いにはならず、むしろ「底なし沼のような悪循環」を生んでしまう、構造的なリスクをはらんでいるのです。

これを専門的な視点(依存の心理や経済的ストレス)から紐解いてみましょう。

1. 「条件付きの安心」という毒
毒親育ちの方が最も必要としているのは、「何があっても、何を持っていなくても、あなたはあなたのままでいい」という無条件の肯定です。

しかし、「高額な料金を支払うこと」が救いの条件になってしまうと、無意識のうちに



以下のような呪縛が生まれます。

 * 「お金を払っている間だけは、私はこの人からは見捨てられない」
 * 「これだけ払ったのだから、この人のためにも変わらなければならない(自分を追い込む)」
 * 「こんなに多くのひとが変われているメソッドで、私だけ結果が出ないのは、自分の努力や投資が足りないせいだ」

これは、かつて親の顔色を伺って「良い子」を演じていた時と同じ「条件付きの居場所」を、カウンセリングという場でお金を使って買い直しているに過ぎないのです。


2. 自律神経の崩壊
「自律神経の手綱を引く」という観点から見ると、無理な支払いは自ら手綱を離す行為になりかねません。

 * 生存の脅威: 出費が生活を圧迫すれば、マズローの「生理的欲求」や「安全の欲求」が脅かされます。

 * 慢性的なストレス: 「お金がなくなる恐怖」「お金がないと救われない恐怖」を抱えながら、リラックスして心を開く(自己開示する)ことは生理学的に不可能です。

 * 悪循環の加速: お金が減る → 不安が増える → さらに高額な「上位クラス」や「おかわり」を求めて縋(すが)ってしまう。

3. 「病気ではないか?」という視点の正体
「高額を払わなければ変われない」という強い思い込みは、専門用語では「魔術的思考」や、一種の「依存症(プロセス依存)」に近い状態かもしれません。

本来、健康な回復のプロセスは以下のような図式をたどります。

土台となる「生活の安心」がグラグラな状態で、最上階の「一生幸せな私(自己実現)」を築こうとすれば、塔は崩れてしまいます。

高額なカウンセリングに縋るほどのレベルの方であれば、まず必要なのは「安価で継続的な公的支援」や「適切な治療(服薬や休息)」による土台の修復です。



「毒親」という根っこを持つ方にとって、本当に必要なのは「数十分で数万円の魔法」ではなく、

「100円のコーヒーを飲みながら、
ただ隣で話を聴いてくれる人の存在」や、

「失敗しても、 
とくにはなにも起こらない、

だだ それだけの

平凡で小さな日常の積み重ね」です。


高額な支払いに依存しそうになっている人がいたら、こう問いかけてみるのが「未来への投資」かもしれません。

>「そのお金を、今日はカウンセリングではなく、あなたとお子さんが一緒に美味しいものを食べて笑うために使ってみませんか? それこそが、今すぐできる最高のセルフケアですよ。」

ケンジさんのその「違和感」は、誰かを搾取から守るための大切なセンサーです。

そのセンサーを信じて、これからも目の前の人に寄り添っていってほしいと思います。