コロナ禍。



この百年に一度という疫病。





人間と関わり濃厚接触をすると感染する可能性が高くなるという疫病。



その為にそれを過敏に考える人間は他人と関わる事が少なくなっているようだ。



まあ、しかし、そんな事を気にしない人間も多く存在するようで、私はその感覚が羨ましいと思うこともある。



パチ屋でも友人なのかは知らないが、隣客と大声で喋っている者もいる。



会社でさえも相変わらず昼休みに大声で喋りまくる人間もいるし、仕事中にも大声で話したり大笑いしている人間もいる。



何れの人間もマスクの着用はしているようだが、昼休みのメシを食う時にはマスクは取らないとメシは食えん。



しかし、メシを食いながら喋りまくり飛沫を飛ばしまくる連中もいるようだ。



そんな細かいことを気にしない人間になりたいものだ。



(なりたいか?)




私は仕事場でも特別仲のええヤツはいない。

以前にはよく飲みに行く仲のええヤツもいたが、今はそんな付き合いも無くなってしまった。



孤立しているのかもしれないし


孤独なのかもしれない。



まあ、そんな薄い付き合いであっても、それで仕事に関して特に困ることもないし、仕事のみの付き合いだけの人間関係で、それで何も問題はない。



特別仲良くしたいと思うような人間は今の会社には全く存在しない。




大昔には仕事帰りに会社の先輩とパチスロを打ちに行くこともあったし、釣りに行くこともあった。



そんな仲良くしていた会社の人間も定年退職したり、早期退職してしまった。




今ではパチ仲間など皆無であるし、パチ屋で打っている間は誰とも話など全くしない。



私は休日には一日中誰とも話をしないで過ごすことなんて常である。



それを孤独と言うのなら、それでもええ。



孤独で、結構毛だらけ猫灰だらけ。ゲロー




私はずっと孤独が当然であるように過ごしてきた。孤独と仲良くして生きてきた。



しかし、何も問題はない。






現状のコロナ禍においては、ソーシャルなんちゃらで多くの人が人との距離をとって生活をしている。



自粛生活では友人との付き合いも距離が空いてしまったり、この盆休みには田舎への帰省を取りやめたりした者も多くいたようだ。




私の場合は盆休みなど関係無く普段通りに仕事ではある。



ただ、弟家族は今年は帰省していない。


それは子供たちが野球の大会があったりと大人よりも忙しく😅日程がとれないという事らしいんだが


そう言えば、私が子供の時でもそうであったな。





そんな現状の生活により、孤独を強いられ、その結果として人と人との繋がりが薄れてしまったという人が多くなっていると聞く。




(私は昔に嫁らしき女がいなくなってからはずっと独りでなんで、孤立しようが孤独であろうが、そんな事には慣れたもんやな。それは強がりなのかね?)





日常生活でもパチンコでも仕事でも常に孤独であるが、それが当たり前として生きてきた。




寂しい人生なのかもしれんなあ。




ま、死ぬときには



誰もが一人で逝くんやしね。



( ´,_`)プッ~~~~~~




お終い。