『無視』
あなたは誰かに
「無視」されたこと
ありますか?
ハブられたこと
ありますか?
私はあります。
ワクワクと
不安を抱えて
入学した高校。
新たな生活は
不安だらけでした。
友達できるかな?
仲良くなれるかな?
しかし、その中にも
期待がありました。
楽しい高校生活を
夢みていました。
高校のクラスには
中学の知り合いが
一人もいませんでした。
本当に一からの
スタートでした。
私は勇気を振り絞り
あるグループに
はいりました。
しかし、そこに
待っていたのは
キラキラ輝く
高校生活では
ありませんでした。
明らかに私は
その中でハブられました。
うざがられて
話すことが
ほとんどできなかった。
お弁当を食べる時
机だけ並べて
みんなしてトイレへ。
私はただ立ちすくむことしか
できなかった。
どんなに鈍感な人でも
この場にいてはいけないことを
察します。
食べることが大好きだった私。
お弁当はほとんど
口にできませんでした。
精神的に追い詰められ
食べ物が喉を
通らなかったのです。
毎日家に帰ったら
泣いてました。
どんどんその
状況が耐えられなくなって
授業中にも
泣くほどでした。
私の思い描いてた
学校生活とは
かけ離れた現実。
なにがいけないのか
わからずしばらく
その状況が続いていました。
休み時間は
逃げるように
隣のクラスの
親友のところに
かけこみました。
クラスに
自分の居場所がない
そう思いました。
それでも、学校に
行くことはやめませんでした。
行かなくなったら
終わりだと思いました。
クラスに居場所は
なかったけれど
部活にはちゃんと
居場所がありました。
部活と親友が
私の支えでした。
だから、頑張れた。
学校に行き続けられた。
そして、数週間後
私はクラスに
友達ができました。
なぜか?
自分で自分の
居場所をみつけたからです。
私はハブられた
その現状がショックでした。
受け入れがたい現実。
今までそんなこと
体験したことなくて
戸惑ったのも事実です。
しかし、居場所のない空間で
暮らすのはもっとつらい。
だったら他に居場所を
みつけようと思いました。
その頃にはグループも
いくつか別れていました。
今更他のグループに
移動する勇気は
はっきりいって
ありませんでした。
ただ、居心地の悪い
空間にいるのは疲れる。
だったら他の子に
声かけてみよう。
そして、思い切って
声をかけた。
これが私の新しい
高校生活の始まりでした。
その子は私を
受け入れてくれました。
明るく笑顔で
迎えてくれました。
この瞬間私には
『新たな居場所』
ができました。
そして、それからの
生活は激変しました。
周りには多くの友達がいて
くだらないこと話して笑う。
そんな些細な
日常が私にとっては
とても楽しくて
嬉しかった。
あの時学校に
行かなくなっていたら…
声をかけなかったら…
今の私はいません。
私はハブられたことを
恥ずかしいと思いません。
だって私は何も
悪いことしてないんだもん。
堂々と胸張って
いいと思っています。
むしろ今となっては
「ハブられたこと」に
対して感謝もできます。
そんなこという
私をおかしいと思いますか?
毎日泣いて
ご飯も食べられなかった。
そんな辛く苦しい日々に
「感謝」だって?
なんでそう思えるようになったか。
それは「私の経験」だからです。
だって、ハブられなきゃ
ハブられた人の気持ちは
理解できないでしょ?
どんだけ理解しようとしても
その「痛み」は経験しなきゃ
わからないでしょ?
私はその「経験」を
させてくれたことに
「感謝」できます。
「経験」することで
「痛み」がわかる。
心理カウンセラーは
いじめられている子の
カウンセリングを
するかもしれない。
じゃあ、その
カウンセラーは
いじめを体験したの?
そうではないですよね。
本当の意味の
「痛み」は「経験」
しなければわからない。
でも、私には
その「痛み」がわかる。
それは「経験」により
得られるもの。
誰だってそんなこと
好き好んで「経験」
したいわけではない。
むしろそんなこと
ないほうがいいんです。
なくなることが一番なのです。
でも、それを「経験」した
私だからわかる「痛み」が
あると思います。
『無視』
されるの怖いですか?
私も怖いです。
でも、その恐怖を
常に抱えて
人と関わらなかったら
結局何も変われない
そうやって逃げて
あなたの人生は
何が残りますか?
辛いこと
苦しいこと
全部に「感謝」
自分を成長させる
「試練」です。
怯えてばかりいては
あなたに「変化」は
起きません。
一歩踏み出す勇気
踏み出せたとき
あなたは必ず変わる。
成長とういのは
そういうものです。
人生山あり谷あり。
それでいいんです。
そのほうが人生は楽しい。
『経験』は一番の財産
あなたは誰かに
「無視」されたこと
ありますか?
ハブられたこと
ありますか?
私はあります。
ワクワクと
不安を抱えて
入学した高校。
新たな生活は
不安だらけでした。
友達できるかな?
仲良くなれるかな?
しかし、その中にも
期待がありました。
楽しい高校生活を
夢みていました。
高校のクラスには
中学の知り合いが
一人もいませんでした。
本当に一からの
スタートでした。
私は勇気を振り絞り
あるグループに
はいりました。
しかし、そこに
待っていたのは
キラキラ輝く
高校生活では
ありませんでした。
明らかに私は
その中でハブられました。
うざがられて
話すことが
ほとんどできなかった。
お弁当を食べる時
机だけ並べて
みんなしてトイレへ。
私はただ立ちすくむことしか
できなかった。
どんなに鈍感な人でも
この場にいてはいけないことを
察します。
食べることが大好きだった私。
お弁当はほとんど
口にできませんでした。
精神的に追い詰められ
食べ物が喉を
通らなかったのです。
毎日家に帰ったら
泣いてました。
どんどんその
状況が耐えられなくなって
授業中にも
泣くほどでした。
私の思い描いてた
学校生活とは
かけ離れた現実。
なにがいけないのか
わからずしばらく
その状況が続いていました。
休み時間は
逃げるように
隣のクラスの
親友のところに
かけこみました。
クラスに
自分の居場所がない
そう思いました。
それでも、学校に
行くことはやめませんでした。
行かなくなったら
終わりだと思いました。
クラスに居場所は
なかったけれど
部活にはちゃんと
居場所がありました。
部活と親友が
私の支えでした。
だから、頑張れた。
学校に行き続けられた。
そして、数週間後
私はクラスに
友達ができました。
なぜか?
自分で自分の
居場所をみつけたからです。
私はハブられた
その現状がショックでした。
受け入れがたい現実。
今までそんなこと
体験したことなくて
戸惑ったのも事実です。
しかし、居場所のない空間で
暮らすのはもっとつらい。
だったら他に居場所を
みつけようと思いました。
その頃にはグループも
いくつか別れていました。
今更他のグループに
移動する勇気は
はっきりいって
ありませんでした。
ただ、居心地の悪い
空間にいるのは疲れる。
だったら他の子に
声かけてみよう。
そして、思い切って
声をかけた。
これが私の新しい
高校生活の始まりでした。
その子は私を
受け入れてくれました。
明るく笑顔で
迎えてくれました。
この瞬間私には
『新たな居場所』
ができました。
そして、それからの
生活は激変しました。
周りには多くの友達がいて
くだらないこと話して笑う。
そんな些細な
日常が私にとっては
とても楽しくて
嬉しかった。
あの時学校に
行かなくなっていたら…
声をかけなかったら…
今の私はいません。
私はハブられたことを
恥ずかしいと思いません。
だって私は何も
悪いことしてないんだもん。
堂々と胸張って
いいと思っています。
むしろ今となっては
「ハブられたこと」に
対して感謝もできます。
そんなこという
私をおかしいと思いますか?
毎日泣いて
ご飯も食べられなかった。
そんな辛く苦しい日々に
「感謝」だって?
なんでそう思えるようになったか。
それは「私の経験」だからです。
だって、ハブられなきゃ
ハブられた人の気持ちは
理解できないでしょ?
どんだけ理解しようとしても
その「痛み」は経験しなきゃ
わからないでしょ?
私はその「経験」を
させてくれたことに
「感謝」できます。
「経験」することで
「痛み」がわかる。
心理カウンセラーは
いじめられている子の
カウンセリングを
するかもしれない。
じゃあ、その
カウンセラーは
いじめを体験したの?
そうではないですよね。
本当の意味の
「痛み」は「経験」
しなければわからない。
でも、私には
その「痛み」がわかる。
それは「経験」により
得られるもの。
誰だってそんなこと
好き好んで「経験」
したいわけではない。
むしろそんなこと
ないほうがいいんです。
なくなることが一番なのです。
でも、それを「経験」した
私だからわかる「痛み」が
あると思います。
『無視』
されるの怖いですか?
私も怖いです。
でも、その恐怖を
常に抱えて
人と関わらなかったら
結局何も変われない
そうやって逃げて
あなたの人生は
何が残りますか?
辛いこと
苦しいこと
全部に「感謝」
自分を成長させる
「試練」です。
怯えてばかりいては
あなたに「変化」は
起きません。
一歩踏み出す勇気
踏み出せたとき
あなたは必ず変わる。
成長とういのは
そういうものです。
人生山あり谷あり。
それでいいんです。
そのほうが人生は楽しい。
『経験』は一番の財産