1年連絡がとれなくなった時、私はその時働いていた店に来ていた客と付き合い始めていた。

彼は後に私の夫となり、私の息子の父となる。

 

 

元夫は、わたしの5歳年上で普通のオトコだった。

彼は、有名人で言うなら、山田孝之風だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アタックされ付き合い始めた。すぐに彼のユーモアの虜となった。

しかしながら、彼は本当に普通で、安定した感じだった。

 

 

 

普通に仕事に行き、遊びにも行かずにまっすぐ帰宅。

賭け事もほとんどしない、浮気もしない。親にも反抗しない。

とにかくその頃の私には、退屈すぎるオトコであった。

 

 

 

 

 

 

 

お互い実家暮らしであったが、このオトコとはトントンと話が進み、

彼と同棲することになった。

 

 

 

 

 

家具を選んだり、家を見に行ったり、二人のルールを決めたり

中学の頃に思い描いた妄想。夢。恋愛の最終段階が

20過ぎの私の目の前で現実となったのである。

 

 

 

 

 

 

付き合い始めて1ヶ月。生まれてはじめての同棲生活がスタートした。

 

 

毎日弁当をつくり、家のことをこなし、晩御飯をつくり。

そんな毎日。

 

 

 

 

しかしながら、彼はわたしが地元に帰ること、実家に帰ることを

快くは思っていなかった。

 

なぜならば、地元に帰ると昔のオトコや男友達と会うからである。

 

 

 

オトコと付き合って相手のことがどれだけイヤになろうとも

浮気だけは絶対にしてこなかった。

 

 

 

何も疑われることをしていないのに、信用がないわたし。

 

はじめはかわいいと思えていたが、段々彼への気持ちは消えうせていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

2ヶ月を過ぎた頃、彼と大きなベットで寝ていた私はこの頃から一緒にベットに入ることを辞め、

近距離にいるのもイヤになっていった。

 

 

もちろんsexも、できなくなった。

 

 

 

完全にオトコとして見られなくなったのである。

俗に言う”生理的に無理”という状況だった。

 

 

 

 

 

 

 

実家に帰る回数も増え、この頃わたしはまだ、解離性障害に悩んでいたため

このことがストレスとなり、彼とも喧嘩が絶えず。

 

 

ついには、彼から離れたい一心で母とともに四国の祖母の家に逃げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祖母のところは自然が豊かで、食べ物も新鮮でおいしく

気持ちを整理するにはもってこいであった。

 

 

 

 

 

 

しばらくすると彼から電話がはいった。

 

 

”迎えにいくから家に戻ってきてくれ”と。

 

 

 

 

もう一回だけやり直そうと思ったわたしは

彼の車にのって私たちの家に帰ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰ってから1週間は仲良く過ごせていた。

毎日同じベットで眠った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でもその後突然やってくる解離性障害の発作にまたもや悩まされ

彼は私を受け止めきれず、私もやはり一緒にはいられない。となり

 

彼と私はお互いの決断で別れることになった。

 

 

 

 

 

そして私は、二人の家を出て母の待つ実家へ帰ったのである。