天然妻⁉︎の一言から事が動き始めました。当たり前と思ってた事を否定され沈む若妻を前に、夢くらい付き合ってやらにゃあいかんなぁと反省し、どんな家建てようか?と、方眼紙を買って来て図面を描き始めました。何人家族が住むんやコレ⁉︎

どんな豪邸なんや!!と義父に言われつつ、相応の図面が見え始めましたが、結婚したばっかりで、新婚旅行もヨーロッパ5ヵ国10泊12日なんて豪勢な事しちゃってましたから、資金なんて有るわきゃありません💸😂

それでも2人で、あーでもこーでもって大っぴらにやってると、義父が私等に「本気で建てる気あるんか⁉︎」と問われ、私が答える前に娘である妻が即答で「建てる❗️」って言ったもんだから、「じゃあ土地は貸したるでそこに建てよ」と、話がスルスルと進んでしまい、32歳の時には一戸建ての主になってしまいました。

まぁ、、そこから25年ローンという目が眩むような現実と向き合うハメになったのは言うまでもありませんが、その当時は、やれない理由なんてこれっぽっちも考えてませんでしたな。豪勢な発想がリアルな発想に煮詰まるにつれて、周囲を巻き込んで行き、夢が現実のモノ🏡になったわけです。

夢が実現したポイントは、取り巻く環境や、立場、収入などの自分の置かれた現実をどう捉えたか。

そして出来そうにない事について、どう捉えたか。

ではないかなぁと思っております。


1人で生きていない、人の中で生きている、利他のための利自なんて当時の自分は思ってもみませんが、ジジィになった今、「周りが手を差し伸べたくなるような人」が成功の道を歩んでいるのではないかと、単純に思う次第です。

独りよがりや、自己中な人に対して周りの人は、「ハイハイ。好きにやってなさい」ってな対応になりませんか。これじゃあチャレンジ以前の問題ですよね。


まず『おもい』を発信して意思表示。

ここでは、「家を建てるぞー!」って。

次に具体的な計画と行動。

さも建てることが前提であるかのように「おもい」を図面にして、見える化して周りを巻き込んで行く。

事が動き始めたら、現実の自分との折衝。

これは、自分がどれくらいの負荷💴💸に耐えられるかを、客観的に判断するんですが、ここは甘やかさない事。

自分の稼ぎで出せる一杯いっぱいで、借り入れなんかしちゃダメですぜ!!


この件に限らず大きく夢を見て、大きな発想を描き、現実の自分と擦り合わせて、落とし所を付けていくと、少なからず夢はその形は多少変形しようとも現実化しましたね。

今の仕事も、年数はかかりましたけど、この手で現実化しました。もちろん⁉︎文無しからです。


みなさんも大きく夢を持ちましょう♪

分相応なレベルに落ち着いた時、現実になるチャンスが目の前を通って行きますので、しっかり掴んでモノにしていきましょう♪♪。







わんわん


ジジィになって来たせいか、ふっと過去を振り返る時があります。子供の頃の夢。叶う叶わないは二の次な時代に見る夢は壮大ですよね。

なぁーんの制約もない無限大の広がりが、夢の所以でしょうな。

以前にもこのブログで書いたような記憶もありますが、探す気力はなくダブりでしょうが、思い出して、2023年の自分が綴って参ります。


歳を取ると共に段々と世間の厳しさや痛み、困難を味わう事で重ねる経験。


現実の中で、人は如何にして夢を見るのか?。


私の夢も若い頃から、その時々の仕事や選んだ環境によってあれこれと変化してきました。20代の夢は、自己発揮…いや、自己中発揮全開!!だったと、今は思います。

30代の夢は、生きる厳しさが身に染みて、人の夢まで否定してましたね。

21歳で一緒になった私の奥様。

結婚したら自動的に一戸建ての家が建つものだと思っていたという、私から言わせていただくと「天然」でした😅。


でもそれが夢を現実に引き寄せる始まりでした。








続きます。わんわん

先日、北陸方面にブラリと癒し旅に行ってまいりました♪。

4月の末でしたが、途中のひるがの高原は、−3℃と冬の盛り状態で、目的地の気温チェックのみで出てきたものだから、寒いのを😵通り越して🥶ました。


寒さに呆れながら車をすすめます🚙DASH!

目的地は、地球の丸さを感じられる場所です。




千里浜から海を眺めると、なだらかぁ〜に水平線が丸く見えるのがお気に入りです😍


お泊まりは森の中、池のほとりの聖なる空間です




自宅付近はすでに葉桜ですが、八重の桜が迎えてくれました🌸。


静寂な空間の中、日頃の心の荒み、乱れに目を向けて、本来の柔らかな心に戻るため聖黙(しょうもく)の時間を愉しみます。

ところで皆さんの癒しってどんな事ですか?

私の癒しは、自分の間違った思いや、考え方を見つけて正す事で、迷惑をかけたと思う人や、心配してくれた方々へのお詫びの思いを、「皆さんが居てくれたおかげで、色々と気づきを得る事が出来ました。」ありがとうございました。という感謝の思いに切り替えることです。

こう思えると、心が軽くなりスッキリして、結果として癒されるんです。


ただ単に気分転換をして、その場限りの癒しを得ても、心の中に溜めているドロドロした思いに蓋がしてあると、結局のところ心は重たいままですからね。


集約すると人間の心には、五つの蓋があるそうで、蓋を開けてひとつずつ中を点検しないと、始終悶々とし続ける事になります。

定期的にあちこち巡っては、心の蓋を引っ剥がして中身を洗濯しないとね。

五つの蓋については、またの機会に並べてみますね。


今回思った事は、単純に🚙往復500kmの運転が結構身体に堪えるようになったかなぁと⁉︎

もっともっとあちこち走り回りたい私なんですが、「四苦八苦」のなかの「老」を実感する自分が居て、若さを欲するのは果たして悪なのか?


まだまだ蓋を開けて掃除しないといけないところがある私でした😭






わんわん