父方の祖母が亡くなった。85歳。
後悔が残る。
こんなに近くに住んでたのに、
あんなに大好きだったのに、
もっとたくさん会いに行けばよかった。
手伝いをしにいけばよかった。
おばあちゃんは16年前におじいちゃんが亡くなってから、一人暮らしになった。
その少し前に近くの団地に引っ越してきて。
おじいちゃんは頑固者で亭主関白で、
おばあちゃんが一生懸命働いて、倒れたこともあったな。
あたしが知る限り二回入院した。
最初は脳が出血して。
次は風邪が重症化して肺炎のようなものだった気がする。
おばあちゃんは一人暮らしになってからも、
元々誰にでも優しく社交的だったから、
友達に囲まれていた。
頭もよかったし、ニコニコしてくれて、話も同世代のように返してくれて。
腰を骨折してからだったな。
外に段々と出れなくなって。
いつも連休とかになると、父に連れられて花を見に行ったりしていた。
それが出来なくなった。
買い物に行くのも大好きだったのに、家にこもるようになって、階段の上り下りが辛いから、
クリスマスとか行事に来なくなっちゃって。
あたしも双葉が生まれてから、
なかなか自分の時間を作ることができなくなって、おばあちゃんにもたまにしか会いに行けてなかった。
本当どうしてだろう。
あんなに可愛がってもらったのに。
金銭的にもすごく助けてもらってたのに。
不登校になったとき、家に来て励ましてくれたのに。
母が体調が悪くなる度に、ご飯を用意してくれたのに。
困った時はすぐに手伝ってくれてたのに。
のかちゃんの療育を理由にして
これ以上自分に負担をかける自信や余裕がなくて、
こんなに近くに住んでたのに、、、
そこは本当に後悔しかない。
おばあちゃん、身体が辛かったのに
一人で寂しかったよね。
ごめんなさい。
たった一度半年くらい前かな
お弁当はたまに買って持って行ってたけど、
せっかくうちで集まる日におばあちゃんが来れないから、
料理を持って行って。
全然気付かなくて、1人分しか持って行かなかったけど、
キンちゃんも来てて、量は2人前はとてもなかったけど喜んでくれた。
また作ってね
そう言ってくれたのに、次また来れる自信がなくて、
あたしも忙しいからさー
なんて言ってね。
何回かは揺らいだ。
作って持って行こうと。
でも一度始めて続ける自信が全くなくて、結局出来なかった。
近所のキンちゃんは手伝いに来てくれるのに、
何で京子さんは来ないんだってことを
何度か遠回しに言われて、
それが私も辛くて足が遠のいたことも実際にあった。
その次はお弁当2つ買って持って行ったのが最後だったかな。
11月末頃かな。
新年の挨拶で会いに行ったら、
いつも通り鍵をかけてない。
寝てて起きられないのに。
体調がすごく悪そうだった。
認知も明らかに下がってた。
正直、こんなんで一人で暮らせるの?
無理でしょ…
そう思った。
おばあちゃんの本当の気持ちは分からない。
近所の友達と話すのが好きで、
死ぬまでそこで暮らしたいのかと思っていたけど、
どこかで心細かったに違いない。
でも周りに負担はかけたくないから、
一緒に住ませてほしいって
言えなかったのかもしれない。
あたしの想像でしかないけど、、
やっぱり息子である父と叔父は
おばあちゃんを心配だったから、
その頃はほとんど毎日顔を見に行ってた。
本当突然だった。
父が休みに朝から行くと、トイレで倒れていて、
そのまま入院。
初日は意識も戻って会話も出来たけど、
その日以降は眠ったままで反応がない。
あたしが会いに行ったときもそう。
すごく深く眠りに入っていて、
もう目は覚まさないんだ…と思った。
そこから後悔したくなくて、通えるだけ通った。
24日、のかちゃんの療育前に2人で面会に行って、
でもやっぱり寝てた。というより危篤かな。
前回手を握った時より指の関節が硬くなってて、
あれ?とは思った。
その日も長くはいれなくて、短い時間だったけど。
この日の夜間に亡くなった。23時45分だったかな。
本当にあっという間だった。
最後に会話したの2ヶ月近く前だよ。
色んな思いがあるけど、
今日が最後のお別れ。
それまでに気持ちを整理しておきたくて、
これが整理になったか分からないけど。
明日感謝を伝えて、
生まれてきてくれてありがとうって気持ちを
伝えたいと思う。泣いてもいいよね。
ずっと忘れないよ。