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1987fqのブログ

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こんな自分の陰鬱としたブログでも見てくれている人がいた事に驚きました。
誰に教えた訳でもないのに、どこからどういうキッカケでこのブログに辿り着いたのか全く分かりませんが、見ての通りなんの生産性もない一個人の個人的な醜悪な感情を書き殴るだけの掃き溜めと化しているこのブログです。言った通り、見ていて気分を害される方もいらっしゃるかも知れません。でも自分にとってココは唯一のそういう場所なんです。申し訳ありませんがどうかご容赦頂けたらと思います。


人にはそれぞれの価値観や感情がある。当たり前だ。
そしてそれが人間という個体を司る主であり、時に他人を巻き込みまたは巻き込まれ、右へ左へと路頭に迷い遂には己自身の世界に映る全てをあっと言う間に黒く染め上げてしまうのもまた人間。吐き気を纏いながらうんざりする程に。
そう気が付いてしまった上で全てを受け入れて生きて行くという事はなんと難しい事か。当たり前だ。それが人生なんだろうよ、と不味い安酒を流し込みながら下らない考えに耽っているとふと彼女の事を思い出す。

彼女は自分の事よりも、先ず相手の事を最優先に考え生きている人だった。何も顧みず、 ただひたすらに与え続ける、そんな彼女が背負っている世界は自分などには到底考えが及ぶ範囲ではない程、とてつもなく大きく深い。
いつだったか彼女が言っていた。他人の人生を受け入れて、全て赦し認めて生きて行く、私はそう決めたのだから、そう誓ったのだから、と眼をそらす事なく、濁る事なく、真っ直ぐに。

彼女はそう誓った自らを裏切る事は決して無い。いや、僕は現在の彼女の事を全く知らないのだけれど、可笑しな事にそう断言出来るんだ。与え続けながらも、自分の世界に色を付け彩り、日々を美しく、笑顔で、大地に根を張るようにたくましく生きている。そうだろうなと。姿を見なくとも分かるのである。
彼女は彼女自身の価値観や感情さへも自ら無意識に凌駕しているのだと思う。だから他人を受け入れて生きていけるのだろう、と自分にはやはり考えてみても及ばないが、少なくともこの濁った目には当時あまりにも鮮烈に眩しくそう映っていた。
そんな、恐らくもう二度と会う事もないであろう遠い彼女の記憶。

さて、最近風の噂で、そんな彼女が一人の男性と婚約をしたのだと耳にした。
彼女にこそ、幸せになって欲しいなと心から願う。幸せになる資格など微塵にもないこんな自分の幸せを、ただ一人願ってくれた人なのだから。そして、こんな自分を認め、生きる事を赦し与えてくれた、自分にとってはかけがえのない人だったからだ。

自分も出来る事ならば彼女の様に美しく、唄う様に生きていたい。そう、明日からだって変われるはずさと、彼女の事を思い出す度に少しは気持ちが前向きになる。直接口にして伝える事は叶わないけれど、勝手に日々感謝しているのです。

こんな夜にはあの曲がしっくりくる。6本の弦が奏でる柔らかいアルペジオと、そこに乗せられた美しいメロディと言葉達。彼女はこの曲が好きだった。
REEFERというバンドのSENTIMENTAL MOTHERFUCKERという曲。
この曲には何度も救われています。生きていこうと。
素晴らしいこの唄にも、今日を感謝しています。