ジョン万次郎
ジョン万次郎について
日本の英語教育で重要人物
高知県で漁師をしていたが、嵐にあい5日間漂流後無人島(鳥島)に着き
他の漁師仲間と、143日そこで生活していた。
そこにアメリカ人の船が通りかかり、助けてもらう
。(万次郎15歳のとき)
当時、日本は鎖国をしていた(1841年)
他の漁師仲間はハワイで下ろされるが万次郎は船長に気に入られ、アメリカへ
船長の養子にしてもらい、学校で勉強もする。
一生懸命勉強して主席に!!!!!!
その後捕鯨生活をして、船長にも選ばれるが帰国を決意
!!!
ゴールドラッシュだったカルフォルニアへ行き、金山を掘り資金をかせぐ

ハワイに渡り、そこで以前の漁師仲間と再会
一緒に帰国へ
1851年(万次郎が漂流されてから10年後)万次郎25歳
琉球(沖縄)にたどり着く
鎖国をしていた日本で、江戸幕府などから長期間、尋問を受ける 
万次郎が、英語を話せるのと洋学を身に付けていたので
洋学校(開成所
)で英語の講師をする。 

ペリーとの通訳をしていたが、スパイ容疑をかけられ下ろされる。
イロイロあって…
明治維新
(1868年
)後、開成学校
(現・東京大学
)の教授に任命される。

1898年、72歳で死去。
参考:wikipedea (http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E4%B8%87%E6%AC%A1%E9%83%8E )