どうも、泣き虫ぱんだんデス( ̄∇ ̄)♪
最近の泣き虫ぶりのお話の続きです。
このお話の始まりです。
このお話の前のお話です。
車を走らせ待ち合わせの場所に到着しました。
始めて会った時のkaoriさんの印象…んー実はあんまり覚えてませんσ(^_^;
読ませて頂いてるブログとの違和感がなかったと言ったら良いのでしょうか??
ナチュラルでした。
そんなkaoriさんとの対面セッションが始まりました。
少しお話をしたあと
『カラーヒストリー』の作成に入りました。
何才~何才までがこの色で…という風に自分の人生を色分けしていくんです。
私は幼少期の色はハッキリ表す事ができませんでした。
他にも何ヶ所かゴチャゴチャとした感じで色で表すことができませんでした。
全て、社会人になる前の事でした。
kaoriさんが言いました。
『5才??…小学校低学年の時…』
最近、幾度となく思い出される“小さな私”のことでした。
(あぁ、やっぱりココが根っこなのか(^-^;)
「おかしいんですよね…“お留守番得意”とか言ってたくらいだったのに。あの時だけ泣き叫んだんですよ(^_^;)」
『あのね、寂しいって言っていいんだよ。』
!?
『小さい子はね、ママがいないとスゴく不安なの。寂しいの。だからね、“ママ、さみしい”っていうんだよね。』
そして、『さみしい』と言って泣いてる子どもをギューッと抱きしめてあげると『あぁ、自分は愛されてるんだ』ってとても安心するだよ。
(“さみしい”って言っていいの?!)
私はショックを感じました。
『寂しかったでしょう??』
と言われたら…
「そんなにひどく感じたことはなかったです。」
と答えてた私。
『さみしいと言ってもいいよ。』
ポロポロっ。
受け止め切れないほどの涙が溢れました。
『ずっーと、我慢してたんだね。よく、頑張ったのね。』
私は母を『お母さん』とか『ママ』とか呼んだことがありません。
大人になった今でもまともに『お母さん』と呼んだのは両手の数あるのかな…。
私の生活環境はやはり“普通”ではありませんでした。
生まれながらにして父親がいない。父親ような人はいたけど『お父さん』と呼ぶ人ではありません。
幼い頃から感じていました。
“ふつう”ではないこと。
だから、一番言いたいことを言わずに我慢する事で平穏な生活を手に入れようとしていたのです。
“小さな私”が“自分”を守る術として。
『さみしい』と口に出すと怒られる。
そんな中で私は育ちました。
思春期特有の反抗期もなく、それが安心して生活していく為の私の“氷の鎧”だったのです。
続く…。つづきはコチラです。