喜怒哀楽
何でもない時にニコニコしている人
よく考えてみたら
あれは何で笑ってるのだろう
聞いてみると
「なんか楽しいじゃん」「楽しい気分だから」
その楽しい気分というのが自分にはよくわからない
「あなたは何で笑ってないの?」と聞かれても
面白くもないのに笑えるか、としか答えようがない
楽しいと面白いの違いって何だろう
そりゃ自分だって面白いくらいはわかる。
漫画でもくだらないテレビでもつい吹き出してしまうような時はある
そこに理由があるから笑う。
理由がなければ、何でもないのに笑ったりはしない。
色盲の人は緑と赤を区別できないというが
自分には面白いと楽しいが上手に区別できないという・・
おかしな現状
とりあえずは気付けた。
自分だって人間である以上は、
ちゃんと喜怒哀楽があるはずで
どこかで楽しい思いもしてると思うのだが・・
いざ考えてみたら
それが一体どんな感覚なのかよくわからなくなってしまった。
どうにも変な話。
♪マークを出して歩いた経験など
もしかしたら、自分にはないのではないだろうか?
人の気持ちばかり窺う日々を送っていると
自分の心が疎かになり
喜怒哀楽すらよくわからなくなるのかもしれない
とまぁ
そんな風に日々ぼんやり考えていたら、
意外なことに
一緒に暮らしている家族によると
こんな自分にも(少ないけど)たまに楽しそうにしている時があるそう。
それは、一体どんな時?!
次からはそういう自分を見かけたらすぐに教えてほしいとお願いした。
自分が楽しそうにしている時を逐一メモっておいて
自分が無意識で楽を感じている箇所がどんなもであるのか、しっかり把握したい。
そして暮らしの中に楽しい気分をもっと増やせたらと思う
赤ちゃんだって周りの大人から「あれは犬」
とか教えてもらってるうちに
自分から指をさして「わんわん」などと言えるようになる
そんな感じで
少しずつ
「楽しい」を覚えていくのが自分の目標だ
よく考えてみたら
あれは何で笑ってるのだろう
聞いてみると
「なんか楽しいじゃん」「楽しい気分だから」
その楽しい気分というのが自分にはよくわからない
「あなたは何で笑ってないの?」と聞かれても
面白くもないのに笑えるか、としか答えようがない
楽しいと面白いの違いって何だろう
そりゃ自分だって面白いくらいはわかる。
漫画でもくだらないテレビでもつい吹き出してしまうような時はある
そこに理由があるから笑う。
理由がなければ、何でもないのに笑ったりはしない。
色盲の人は緑と赤を区別できないというが
自分には面白いと楽しいが上手に区別できないという・・
おかしな現状
とりあえずは気付けた。
自分だって人間である以上は、
ちゃんと喜怒哀楽があるはずで
どこかで楽しい思いもしてると思うのだが・・
いざ考えてみたら
それが一体どんな感覚なのかよくわからなくなってしまった。
どうにも変な話。
♪マークを出して歩いた経験など
もしかしたら、自分にはないのではないだろうか?
人の気持ちばかり窺う日々を送っていると
自分の心が疎かになり
喜怒哀楽すらよくわからなくなるのかもしれない
とまぁ
そんな風に日々ぼんやり考えていたら、
意外なことに
一緒に暮らしている家族によると
こんな自分にも(少ないけど)たまに楽しそうにしている時があるそう。
それは、一体どんな時?!
次からはそういう自分を見かけたらすぐに教えてほしいとお願いした。
自分が楽しそうにしている時を逐一メモっておいて
自分が無意識で楽を感じている箇所がどんなもであるのか、しっかり把握したい。
そして暮らしの中に楽しい気分をもっと増やせたらと思う
赤ちゃんだって周りの大人から「あれは犬」
とか教えてもらってるうちに
自分から指をさして「わんわん」などと言えるようになる
そんな感じで
少しずつ
「楽しい」を覚えていくのが自分の目標だ
母の口紅
お昼頃、突然ドアの鍵をガチャガチャと開ける音がしたので驚いていると
「帰ってきちゃった」と笑顔の彼女
今日は体調不良で仕事を早退してきたとのこと。
疲れが溜まっているのが目に見えてわかっていただけに、半休がとれたことに安心
ゆっくり休んでね
昼食を終えしばし寛いだ後、自分が吸う為のタバコを買いに2人で散歩に出掛ける。
自分は現在、対人恐怖症で無職
2人で出掛けるのは、自分が無一文な上に1人では買い物ができないから。トホホ…
最近は日本人全体の心が荒んでいるせいか
態度の悪い店員が増えた気がする。
表情や言葉遣いにトゲがある。
商品を叩きつけるように袋に入れたり、ぞんざいに扱う。釣り銭を投げつけるように渡す。
こちらはただ買い物をしているだけなのに、何を怒っているんだろう?
自分が何か怒らせるような事をしてしまったんじゃないのかと酷く落ち着かない気持ちになる。
以前はそういう店員を見る度に腹が立ち、いちいち憤慨していたのだが
そういった自分の感情の起伏に疲れてしまい、いつしか恐怖を覚えるようになった。
男の店員は紳士的な人が多く嫌な思いをしたことはない(同性贔屓?)
自分が怖いのは女の店員。
仏頂面で釣り銭を投げつけられたり
とにかく機嫌が悪い人が多い。
何か嫌なことがあっての八つ当たりなのかもしれないが、臆病者の自分にとっては良い迷惑だ。
自分に非があっての攻撃なら甘んじて受けるが、理不尽な敵意にはオロオロするばかり。
会計を彼女に任せるようになってしまったのはそういう経緯からである。
最初に人の顔色を窺うようになったのはいつだろう
自分が覚えている一番古い記憶では確か2、3歳の頃
まだ幼稚園に入る前だったと思う。
専業主婦であった母と毎日2人っきりで家にいるのだが
赤い口紅をつけている日の母は何故かヒステリックで恐ろしく
何をしても何を喋っても怒鳴りつけられ、キツく叱られた。
一方で、口紅をつけていない日の母はそんなことはなく優しい気がした。
そういう理由で
その頃の自分の日課は、起きたらまず母の口紅をチェックすることだった。
口紅をしていないと飛び上がるほど喜び、口紅が赤だと絶望で涙したものだ。
意を決して「赤い口紅をつけないで」
と母に訴えたことがある(もちろん口紅無しの日に)。
母は笑いながら「気のせいだよ」と
あまり取り合ってくれなかったので、
「勘違いじゃない!」と泣きながら食い下がった記憶がある。
実際、当時の母の心はかなり荒んでいたようで
大人になった現在の自分に
「昔は可哀想なことをした」
と謝ってくれたことがあった。
内向的な母は当時、近所に友達もおらず、実家とも疎遠、仕事人間の父とも夫婦仲が上手く行っておらず毎日幼い私の目の前で大喧嘩。
初めての子育ての不安を誰にも相談できない孤独な状態の中で
ある意味半狂乱になりながら私を育てていたそうだ。
喘息持ちの私を自転車の後ろに乗っけて(父は仕事で車で送ってはくれなかった)病院まで通ったという畦道の風景を
自分も微かながらに覚えている。
女性のヒステリーや理不尽な攻撃を恐ろしいと思うようになったのは
幼少期にそういう経験をしたからなのかな
と、ふと思った。
もしそうだとしても、自分に母を恨む気はない。
育児放棄や子殺しのニュースを頻繁に耳にする昨今、
真っ暗闇の孤独の中でも必死に私を育ててくれた母
本当に感謝しています。
ただ、もしタイムマシーンがあるなら
生まれてから僅か2、3年。母しか頼る存在を知らなかった幼い頃の自分に
「つらかったね。寂しくて怖かったよね。良く頑張った。本当に偉かったね。君は今の俺より立派だよ。大人になった君はもう寂しくなんかない。優しい奥さんだっているよ。安心していいよ」
と声をかけてあげたい気持ちで一杯になる。
行って力強く抱きしめてやりたい
過去に対する思いは色々あるが
兎にも角にも、現在大切なのは現在の自分
人の顔色ばかり窺う情けない癖はなんとかしたいもの。
人の反応が不安でろくに会話もできない。
なんとかならないものか
タバコを買いに出掛けた時、彼女が
「帰りに近所の薬師堂に寄って良くなるようにお祈りしていこうよ」と言ってくれた。
その薬師堂には
地域民の健康を願い、即神仏となられた上人様が祀られている。
まずはお社にお詣りし、いつも私たちを見守って下さっていることに対する感謝の気持ちを伝え、これからもどうか応援して下さいと祈った。
そして最後に上人様のお墓の前に立ち、同じような祈りを捧げようと思い
手を合わせた瞬間
全身が不思議な感覚にみまわれた
うだるような暑さの中
手を合わせた瞬間に
猛暑の中では考えられないような優しく涼しい風が吹き
何とも言えない不思議な心地良さを覚えた。
そして反射的に
ニコニコ笑っている上人様の顔が浮かび、「よしよし。大丈夫だよ」と言われているような気がした。
まるで赤ん坊を安心させるような優しい言い方で。
突然涙が込み上げる。
自分は祈ることも忘れ、
ただ何度も「ありがとうございます」と唱えた。
帰り道で彼女にその不思議な感覚を話したら
「きっと私たちの会話を聞いててくれたんだよ。ここの地域に住むようになったのも、きっと来るべくして来たんだね。良かったね!」
と自分のことのように喜んでくれた。
俺にとって神様のような人
いつもごめん
俺がどんなに落ちぶれても側にいてくれてありがとう
大切な彼女の為にも
自分はもう一度立ち上がって
前に進まなければならない
「帰ってきちゃった」と笑顔の彼女
今日は体調不良で仕事を早退してきたとのこと。
疲れが溜まっているのが目に見えてわかっていただけに、半休がとれたことに安心
ゆっくり休んでね
昼食を終えしばし寛いだ後、自分が吸う為のタバコを買いに2人で散歩に出掛ける。
自分は現在、対人恐怖症で無職
2人で出掛けるのは、自分が無一文な上に1人では買い物ができないから。トホホ…
最近は日本人全体の心が荒んでいるせいか
態度の悪い店員が増えた気がする。
表情や言葉遣いにトゲがある。
商品を叩きつけるように袋に入れたり、ぞんざいに扱う。釣り銭を投げつけるように渡す。
こちらはただ買い物をしているだけなのに、何を怒っているんだろう?
自分が何か怒らせるような事をしてしまったんじゃないのかと酷く落ち着かない気持ちになる。
以前はそういう店員を見る度に腹が立ち、いちいち憤慨していたのだが
そういった自分の感情の起伏に疲れてしまい、いつしか恐怖を覚えるようになった。
男の店員は紳士的な人が多く嫌な思いをしたことはない(同性贔屓?)
自分が怖いのは女の店員。
仏頂面で釣り銭を投げつけられたり
とにかく機嫌が悪い人が多い。
何か嫌なことがあっての八つ当たりなのかもしれないが、臆病者の自分にとっては良い迷惑だ。
自分に非があっての攻撃なら甘んじて受けるが、理不尽な敵意にはオロオロするばかり。
会計を彼女に任せるようになってしまったのはそういう経緯からである。
最初に人の顔色を窺うようになったのはいつだろう
自分が覚えている一番古い記憶では確か2、3歳の頃
まだ幼稚園に入る前だったと思う。
専業主婦であった母と毎日2人っきりで家にいるのだが
赤い口紅をつけている日の母は何故かヒステリックで恐ろしく
何をしても何を喋っても怒鳴りつけられ、キツく叱られた。
一方で、口紅をつけていない日の母はそんなことはなく優しい気がした。
そういう理由で
その頃の自分の日課は、起きたらまず母の口紅をチェックすることだった。
口紅をしていないと飛び上がるほど喜び、口紅が赤だと絶望で涙したものだ。
意を決して「赤い口紅をつけないで」
と母に訴えたことがある(もちろん口紅無しの日に)。
母は笑いながら「気のせいだよ」と
あまり取り合ってくれなかったので、
「勘違いじゃない!」と泣きながら食い下がった記憶がある。
実際、当時の母の心はかなり荒んでいたようで
大人になった現在の自分に
「昔は可哀想なことをした」
と謝ってくれたことがあった。
内向的な母は当時、近所に友達もおらず、実家とも疎遠、仕事人間の父とも夫婦仲が上手く行っておらず毎日幼い私の目の前で大喧嘩。
初めての子育ての不安を誰にも相談できない孤独な状態の中で
ある意味半狂乱になりながら私を育てていたそうだ。
喘息持ちの私を自転車の後ろに乗っけて(父は仕事で車で送ってはくれなかった)病院まで通ったという畦道の風景を
自分も微かながらに覚えている。
女性のヒステリーや理不尽な攻撃を恐ろしいと思うようになったのは
幼少期にそういう経験をしたからなのかな
と、ふと思った。
もしそうだとしても、自分に母を恨む気はない。
育児放棄や子殺しのニュースを頻繁に耳にする昨今、
真っ暗闇の孤独の中でも必死に私を育ててくれた母
本当に感謝しています。
ただ、もしタイムマシーンがあるなら
生まれてから僅か2、3年。母しか頼る存在を知らなかった幼い頃の自分に
「つらかったね。寂しくて怖かったよね。良く頑張った。本当に偉かったね。君は今の俺より立派だよ。大人になった君はもう寂しくなんかない。優しい奥さんだっているよ。安心していいよ」
と声をかけてあげたい気持ちで一杯になる。
行って力強く抱きしめてやりたい
過去に対する思いは色々あるが
兎にも角にも、現在大切なのは現在の自分
人の顔色ばかり窺う情けない癖はなんとかしたいもの。
人の反応が不安でろくに会話もできない。
なんとかならないものか
タバコを買いに出掛けた時、彼女が
「帰りに近所の薬師堂に寄って良くなるようにお祈りしていこうよ」と言ってくれた。
その薬師堂には
地域民の健康を願い、即神仏となられた上人様が祀られている。
まずはお社にお詣りし、いつも私たちを見守って下さっていることに対する感謝の気持ちを伝え、これからもどうか応援して下さいと祈った。
そして最後に上人様のお墓の前に立ち、同じような祈りを捧げようと思い
手を合わせた瞬間
全身が不思議な感覚にみまわれた
うだるような暑さの中
手を合わせた瞬間に
猛暑の中では考えられないような優しく涼しい風が吹き
何とも言えない不思議な心地良さを覚えた。
そして反射的に
ニコニコ笑っている上人様の顔が浮かび、「よしよし。大丈夫だよ」と言われているような気がした。
まるで赤ん坊を安心させるような優しい言い方で。
突然涙が込み上げる。
自分は祈ることも忘れ、
ただ何度も「ありがとうございます」と唱えた。
帰り道で彼女にその不思議な感覚を話したら
「きっと私たちの会話を聞いててくれたんだよ。ここの地域に住むようになったのも、きっと来るべくして来たんだね。良かったね!」
と自分のことのように喜んでくれた。
俺にとって神様のような人
いつもごめん
俺がどんなに落ちぶれても側にいてくれてありがとう
大切な彼女の為にも
自分はもう一度立ち上がって
前に進まなければならない
