25年前からの手紙
大学生で一人暮らしを始めた頃に
母から送られてきた手紙たちが出てきた。
母は詩や小説を書くのが趣味で
その手紙も例によって独りよがりの長文ポエムで
一度流し読みはしたけれど
またこれかと鼻で笑って
かと言って捨てるのもしのびなくて
引き出しにしまったまま25年が過ぎた。
それを先日なんとなく開けてみたら
書かれているのはやっぱり母自身の話ばかりだし
自分に酔いすぎた恥ずかしすぎるポエムの連続で
だけどその中の1枚に当時の父の一言を見つけた。
一人暮らしを始めた娘の事を考えると眠れなかったと言う父に、母が「お金もかかるし大変だからか?」と聞いたら
父は「お金が足りなくて指をくわえて見ているような事になったらかわいそうだろう」と。
当時は何気なく読み飛ばした一言で
全く記憶にも残っていなかったけど
自分が親になり、その言葉の意味を知った。
私はなぜあの世まで父を呪おうとしていたのか。
40年以上も憎くて憎くて仕方なかった理由を
今となっては忘れてしまった。
正確には、頭では覚えているけど
ずっと苦しかったあの感覚をもう思い出さない。
どんなに距離をとろうとも
私と父をどこまででも繋げていた太くて長い鎖が
全部溶けてなくなったような
憑きものが落ちた?的な?
父が父じゃなければ
私は欠陥人間にならなくて済んだのではないかとずっと思って生きた人生だったけど
今思うことは
父が父でも父じゃなくても
私は多分私だったなって。
私はじゅうぶん私らしく大人になったよ。
父に人生を狂わされた可哀想な子供じゃない。
父が歳をとったからか
私が歳をとったからか
はたまた守護霊の交代劇でも起こったのか(笑)
ずっと私にまとわりついて捨て方がわからなかったものが、いつの間にかすっかりどうでもいいものになっていると気づいた時
深くて暗い水の底から這い上がって
やっと息ができるような気がしてる。
私は私じゃない誰かになりたかったわけじゃない。
重りも十字架も背負っていない
私だけの身軽な私に戻れた気がしてる。