自分と向き合うほど父を理解する皮肉
子供を育てていると
自分ひとりなら気づきもしなかった拘りを
自覚するようになり
心持ち次第で変えられるような事から
自分の意思ではどうにもできない事まで
何の修行だと思うような
苦しい事がたくさんあった(ある)けど
その度に
父も同じような感覚だったんだろうかと。
数十年間毎日同じ朝食でなければ許せず
穴だらけのボロ雑巾になっても
毎日その下着でなければいけない
自分が設定した分単位のスケジュールを
家族全員に守らせなければならないような
拘りの強い人が
思い通りにならない他人と暮らすのは
さぞ苦行であったろうと。
(子供であっても他人)
理解はできる。というだけの話で
それ以上でも以下でもない。
ひとつ今もわからない事は
母が「今あるものだけで幸せになれる」と
言う事に対して
「そんなに簡単に幸せだなんて言うな」と
父は激怒した。
一度や二度ではなく、毎回。
妻の幸せを否定するその心は。
否定ではなく拒絶だろうか。
いくら分析してみても未だに理解不能。
母はどう解釈していたのだろう。
幸せだと言ってはいけない家の中で
幸せになどなれるわけがなかった。