世界の壁
思い起こせば今年の3月にあったドバイでもウ゛ァーミリアンやウオッカ等が世界の壁に跳ね返されました。
日本国内では常に上位争いを演じる各馬の敗退は残念ではありますが、「新しい挑戦」の第一歩として受け止め、これからも世界を目指して欲しいものです。
今月末にはドバイワールドカップを圧勝したカーリンにカジノドライブがBCクラシッ クにて挑む予定です。
現役世界No.1であるカーリンに勝って、世界競馬に日本馬ありというところを見せつけてもらいたいですね。頑張れ!カジノドライブ!
こんにゃくゼリーについて
「こんにゃくゼリーを喉に詰まらせるなどが要因での死亡事故」
「食」に対する不信が広がっている今、我々消費者も「食」に対して能動的になる必要が
生じてきたのではないでしょうか。
しかしながら、外国からの輸入品を国産品として販売することや、事故米などの問題を一般的な消費者の
立場で見抜くことは非常に困難です、とういよりも寧ろ、不可能と言っても過言ではないかもしれません。
一方、「自己責任」についても考えなくてはなりません。
自分の身(身の周りも含めて)に起きて初めて意識するようでは遅いことがあることを理解する、
何事においても「他人事」ではなく「自分事」として考え、捉えることが事故防止のための第一歩
であると思います。
1995年から現在に至るまでに、判明してるだけで17件、こんにゃくゼリーが要因で死亡した事故が
発生しており、現在、こんにゃくゼリーは「販売中止」も視野に、検討にされているそうです。
実際に事故が起きている以上、今後の防止策として、企業側が品質改善に取り組む必要がある、
と同時に、我々消費者も、極端な話「死にたくないなら買わない、食べない」といったような、
「自己責任」をもって危機管理しなくてはならないと思います。
責任は企業側だけにある問題なのか?と私は疑問に感じました。
皆さんはどうお考えになるでしょうか?
徒然なるままに・・・
祝!ブログデビュー!
日常生活で思ったこと、感じたこと、考えたことなどをきままに「俺の」考えを綴ってこうというコンセプトのブログです。
どうぞ、宜しくね!
今日は「殺人事件に係る裁判について」思ったことです。
はじめに、冤罪はあってはならない。そのために、事実関係を白日の下にさらすことは絶対に必要なことである。
しかしながら、俺は裁判は「目には目を、歯には歯を・・・のハムラビ法典」を適用すればいいと思う。
「むしゃくしゃしたから殺した」
「殺すつもりはなかった・・・」
某漫画にて、「憎しみは憎しみを生む」といった表現があったが、俺には「被害者は我慢しろ」と言ってるようにしか思えない。
それは、現行の法律が被害者よりも加害者の人権を守るために作用している感が強いからであろう。
「単純明快に、悪いことは悪い。だから、人を殺したら死刑。未成年だろうが、年寄りだろうが、関係ない」
殺人を犯したような奴らに「人権」はない。
罪の重さを理解するためには、被害者に与えた行為と同様の行為を加害者にも与える必要がある。
「暴力には暴力を、殺人には死刑を・・・」
それは当然のこととして、プラスαとして罪を犯したことに対しての罰を犯罪の程度に応じて与えるべきではないだろうか。
どうして、単純にそうならないんでしょうかね。
「安全」とか「平和」を実現するためには、単純に悪を絶無すればいいだけなのに・・・
