今朝、父が永眠しました。
82歳でした。
6月10日が父の83歳の誕生日なので、それまでどうにか頑張って欲しかったけど
それでも5月26日に救急車で救急搬送されてから、頑張って今日の朝まで堪えて堪えて頑張ってくれました。
それも、最後まで私達を気遣い意識が正常でない中でも父の優しさを物凄く感じる最後でした。
疲れ切った私達がお風呂に入って眠れるように朝まで頑張ってくれて
調度、私が目覚めた数分後に病院から電話が掛かってきました。
看護師さんが私に電話を掛けた10分後位に心肺停止で息を引き取ったそうです。
タクシーで駆け付けた時には既に息を引き取った後でした。
でも、眠っている間に静かに逝ったそうで
本当に寝ているみたいに穏やかで綺麗な寝顔で、まだまだ手や胸や頭や体は温かく
今にも目覚めそうな感じで、亡くなったとは全く思えない、実感が全く沸きませんでした。
でも、声を掛けても起きる事は無く静かに眠ったままでした。
父の元に着いてから病室を出る時まで父の手を握り、胸に顔を当て、おでこにキスをして
辛い思いをさせてごめんね。
今まで頑張ってくれてありがとう。
健康な体を与えてくれて、ここまで育ててくれてありがとう。
幸せにしてくれてありがとう。
全てお父さんが居てくれたから、お父さんのお陰で幸せに暮らせたよ、ありがとう。
、、、と伝えました。
母や兄は充分やったんだから、お父さんは喜んでいるよ。と言ってくれるけど
私のエゴで嫌がる父を無理させてしまっていたこと
体が辛い父にきつく怒ってしまったこと
父も辛いのに、自分の辛さを父にぶつけてしまったこと
ビール(お酒)飲みたい、あれが食べたい、これが食べたいって言ってたけど、ダメ!!って自由に食べさせてあげなかったこと
管を抜いたら大変だからと、私が居ない間や昨日帰る時に嫌がっているのに体を抑制させてしまったこと
昨夜は帰らずに病院に泊まって一緒に居てあげれば良かったと
とにかく、沢山の後悔が次から次へと、、、
最期まで私の為に凄く躰が辛いのに、踏ん張って頑張り続けてくれた父
私の気持ちが少しでも満足出来るように苦しい中でも堪えて頑張ってくれた父
そして、亡くなった後も私のこれから進む道の事を考えながら天国へ行った父
父の優しさと愛情を凄く凄く凄く凄く凄く凄く凄く凄く凄く凄く凄く凄く凄く凄く凄く感じました。
そして、今日は快晴で、空を見上げ太陽を見ると雲に隠れていたのに、たちまち光を放ち眩しいほど燦燦と輝いて父の存在を知らせてくれます。
数日前から涙が止まらず何度も泣いてしまいました。
回復すると信じながらも、父の辛そうな姿を見ると可哀想で可哀想で申し訳なくて。
母だって辛いのに、私が泣いてしまうから気丈にしています。
だけど、昨夜は私と母は何故か不思議な事をしました。
昨夜だけではなく、数日前から、いや、今思えば新年から予感があったようです。
メッセージも。
今日は朝から今も泣き続け
でも、手続きとか色々しなくてはいけないから、その時は気をしっかり持って対応して
でも、気を緩めたり、父の顔を見たり、父の事を思ったり、思い出すと涙が止まらず。
そんなに泣いていたら、お父さんが心配して安心して天に行けないから感謝して見送ってあげなさい。と母
今日だけは、沢山泣かせてもらいました。
今も実感がありません。
でも、家には父の姿はなく、とても寂しいです。
だけど、辛い状態から抜け出し
今は楽になったのだと思います。
私が父の耳元で「頑張ってね!」と言うと「うん、うん」と頷き
もうろうとした中でも「頑張ってるよ」と返事を返してくれた父。
昨日、母と父に会いに行った時
父が母に「もうお父さん頑張らなくて良いかな?凄く眠い」と母に言っていました。
入院した翌日、意識がもうろうとする前に私の手を両手で強く握り、私の手の甲をさすりながら「Hisakoちゃん、ありがとう、ありがとうね、お母さんに宜しく言って。よっちゃん(兄)の事が心配だけどよろしくね」って言って意識がもうろうとし始めました。
多分、意識がしっかりしている時の最後の父の感謝の言葉だったんだと思います。
凄く辛かった。
そんな事を言わずに頑張って良くなって帰ろうよ!と。
それから、8日間、父は強いストレスと体の痛みに堪え続けて頑張ってくれました。
今は父に「ありがとう」と感謝の気持ちで一杯です。
沢山愛してくれてありがとうございます。
今はゆっくり休んでね。
お父さん、本当に本当にありがとう。
私もお父さんの事を愛しているよ。
いつも心にお父さんを思い続けるからね。
お父さんありがとう。ありがとう。













