◎前回のお話




我が家内での息子の進路が決まり心配しながらも私の卒業審査前の最後のライブの日も近付いていた。

相変わらずお笑い迷子な私と相方。

やりたいことを紙に書き出し、笑いの神をひたすら探す。

今回は息子と両親も見に来る最後のライブ。

ずっとAライブにはいたが結果を残したい。

ネタ見せでは他のコンビのネタが面白くてなかなか自分たちの良さが見いだせない。

Aライブの上にSライブと言うのがある。
Aライブ上位者はそのSライブに出られる出場権が得られる。

その頃Sライブに出ていた先輩はサンシャイン池崎さんやクマムシさんなど、今活躍している芸人さん達ばかりだった。

『あれに出れたら結果残せた気がするね。』

相方とそう話していた。


それに時間とお金を費やした養成所。

もしかしたら最後の思い出になってしまうかもしれない。

これで結果が残せなかったら今後しっかり働いて息子の為に稼がなければ。

私だけの人生背負ってるんじゃない。

息子と、歳を取ったら両親の人生だって背負わなきゃいけないんだ。中途半端に出来ない。
絶対にチャンスを掴む!

そんな気持ちだった。


ネタ見せだけでは納得いくネタが出来なくて、教務課に行って授業時間外もネタを見てもらった。

絶対に息子に『おもしろかったよ!』と言わせてやる。

人間、努力次第でどうにかなるって思わせてやる!


私たちの新ネタが完成したのはライブ当日の午前3時だった。

朝の5時30分には家を出なければ養成所の授業開始時間には間に合わない。
しかしその日は大切なライブなのでもう少し早めに相方に会わなきゃと30分早く家を出た。

玄関を出る時息子が目をこすりながら出てきて

『お母さん、今日行くからね。楽しみにしてるからね。』

と言った。

『頑張って来るね!』

バックに衣装とネタ帳を詰め込んで家を出た。

いつもはつい寝てしまう電車の中でもケータイに録音したネタのセリフをイヤホンで聞きながら何回も何回も頭の中で練習した。


2時間電車に揺られて養成所に着くとまだ玄関の空かない自動ドアの前に他の芸人が来ていた。
みんな最後のライブだからだろう。気合いの入ったネタの道具が入った荷物を持ってきていた。

少し遅れて相方が到着。

近くの公園に行きネタ合わせをした。
ここから夜のライブまで私たちは何十回も練習して本番を迎える。セリフを覚えるのが苦手な私はそれこそ舞台袖まで練習する。

前のコンビが出たあと舞台袖から客席を見ると息子と両親が真ん前にいた。

そして前のコンビのネタが終わり照明が消え緊張がピークに達する。

『頑張ろう!』

相方と背中を叩きあってスタート位置についた。


『桃鍋!』

がなりが聞こえ照明がつくともう客席は真っ白になる。そこからはひたすら考えたネタをやるだけ。

いつもより声を出そう!

いつもより大げさに!

相方は声が小さいのが悩みだった。だから出る前に何回も一緒に発声練習をした。

ちゃんと大きい声出てる!

私はセリフを覚えるのが苦手。

でももし間違えてもフォローし合いましょう!と支えてくれる相方。

2分間私たちは全力の力で汗をかく。

そしてその2分間が終わると…


今までで1番大きな拍手と笑いが暗い劇場の中に響き渡った。

舞台袖に戻ると同期の芸人たちが

『凄い!!めちゃくちゃ面白かった!!』と笑顔で出迎えてくれた。


全てのネタが終わり全員で舞台に立つと真ん前にいる息子と両親が良く見えた。
息子の笑顔が嬉しかった。

こうして私と息子の逆授業参観が終わった。


息子と両親を1階まで見送りに行くと

『お母さんすっごく面白かったよ!』と息子が興奮気味に話した。

『お母さん頑張ってるでしょーぉ?』

『うん!!凄いよ!!お母さんが1番面白かった!』

と、養成所に来て1番嬉しい言葉をもらった。


最初からやらずに諦めなくてよかった。

やらなきゃ分からないことは世の中たくさんあるんだなと改めて思った。

見送りが終わるとすぐに2階の教務課に上がる。

私たちの順位は……


『5位だ!!Sライブに出られるよ!!!』


息子と両親に笑ってもらえて、その上上位者しか出れないライブの出場権も得られて最高の日だった。


息子との新たな思い出が出来た夏休みが終わるととうとう高校受験の日々が始まった。