やや煮詰まり感があって休憩。

そのとき、ふと手にしたとある過去の雑誌。

そのなかの詩と絵に面白いのがあった。

イラストは茅野カヤさんていう方。

なかなか幻想的で癒される。一度にファンになってしまった。

HPがあるみたいなので、あとでのぞいてみましょ。


そのイラストとともに、るす いるすさんというペンネームの方の詩に癒された。



自己決定


妹が今風邪で寝込んでいます

連絡をしてあげたらどう言うでしょう?

来て!と言われたら手助けに行きます

もし「大丈夫」と言われたら?

ゴロゴロここでテレビでも見ます

大丈夫と言われた時どんな気持ちが?

がっくり落ち込みます

助けて!と言われ手助けすることも

大丈夫!と言われ妹の力を信じることも

どちらも喜んでいいことなのにどうして?

そうですよねぇ、自分でも不思議です

妹が依存していると安心で

自立していると不安なのかな?

あははは、図星です

落ち込んだり不安になることも

どうやらあなたが決めているんですよね

どうしたらいいでしょう

あなたがどちらを目指したいかです

依存だと落ち込むし

自立だと喜べますがどちらにしましょうか?




なかなか深層心理を当てていいですねえ。

入試が終わり、一段落。
といってもまだまだ講義と実習は続くのだけど、連日連夜の会議は当分はなかろう(と願っている)。

お仕事の方は毎年同じ流れで、ワタシが就任して以降、新しく立ち上げたものもあるけど、大きく改革するということはこの大学ではあまりない。
かと言って暇なときもあまりない。
意地でも年明けに持ち越さないぞ!と決めていたものも未だ着手できずにいるものも残っていたり、図書館で借りたままの本も読みきれない程、、、

とまぁ、それなりに忙しく無事平穏に一日を終えると、「ま、いっか」。
みたいに思っている。
そんなワタシの「ま、いっか」は母譲りだと思う。
昔はそんなに思うこともなかったのだけど(どちらかというとワタシの性格は父譲りだと思っていた。さらに言えば、母に似たくな~い!と思っていた)。

が、最近では自分でも恐ろしいほど母に似てきている?と実感することがある。
父は何事も絶対主義であり、厳しい面が多々あった。
一分一秒の真剣勝負みたいなところがあって、普段と違うことがあればそれを見抜くことを得意(?)としていた。
だからいつも心の中を見抜かれているみたいに感じていて、何かあったときなど落ち着かず、平静を装うことなど出来やしなかった。
一方、母はすべてをさらけ出す感じの性格で、恥を知らない(と思う。許せ、亜希子よ)。
何といっても「忘れて何が悪い?人間だもの。うふふ・・・」的な部分大いにアリというところ。

で、最近ワタシが似てきているな~(まずいぞ)と感じるのが、上記に述べた母のルーズっぽさが増してきているようになっているところ。
こうも業務が多いと、必然的にそうなってしまうのかも知れないが、少し前(少女時代、いや専門学校時代)などかなり神経質な面がワタシには多かった。
言い換えれば「ま、いっか」などあまりなかった(気がする)。
それに忘れることなど、今ほど酷くなかった。
「何か忘れているような気がする。はて、何だっけ??」が今のワタシには頭の中で頻出し、
最終的には「ま、いっか」で終わらせてしまっている。
だからスケジュール帳が手放せない状況だし、書き込んでいても、書き込んでいることすら忘れてしまうこともある。
少し前にTVで“スケジュール帳ギッシリ女は結婚できない”とかやってて、
「これはマズイわ!改善しなくちゃ!」と誓った。
でも、それすら忘れて相変わらずスケジュール帳ギッシリ、、、
だから、ブログに書いて自分を戒めよう(でも結局は忘れて、ま、いっかなんだろうな)。

母に近づいている。
確実に・・・



ま、いっか。