対人操作性(後編)。
昨日の続き。
さてさて、正義の名のもとに●●さんの悪口を周囲に言いふらす、●●さんを無視するように取り巻きに求める、なんてことを繰り返しているにもかかわらず、本人は●●さんに対して笑顔で接し、親身に話したりすることがある。
さらにしばらく経つと、本人と●●さんが非常に仲良くなっていたりするので取り巻きが驚いてしまうこともしばしば。
その時、本人は「自分が●●さんのことを誤解していた」とは言わず、「●●さんだって、話しあえばわかりあえるもの」と言う。
なぜなら、誤解していたとしたら自分が悪者になってしまうからね。
自分が悪いんじゃなくて、「●●さんが心を開いてくれなかったのが悪い」ということにしておくわけ。
一方、自分に非があるということが避けられなくなった時の怒りや抑うつは物凄い。
本人にとっては「自分が悪い」と感じることが非常に苦痛なので、それを避けるために様々な対人操作性を用いざるを得ないわけだ。
例えば、どんな話題からでも自分話に持っていき自慢話をする人がいると思うけど、そのために他人の話を途中で遮ることがあるのでよくないよ、と注意をしたとする。
すると、「そんなつもりはなかった」「そんなに自分の話をしたことなんてない」「そんな風に思い込みで人を傷つけるあなたのほうがひどい人」というように話を展開して、注意をした人こそが悪者だとして逆ギレしていく凄さは圧巻の一言。
相手への罵声の常套句は、「そんな事実はない、捏造だ」「あなたは何様なんですか?」「あなたは人を信じられない可哀そうな人だ」「あなたは常識がない」「あなたは病気だ」「あなたは多くの人を傷つけている」「あなたには心がない」「あなたにはわからない」「あなたのやり方は陰湿だ」「あなたは私の進言に耳を貸さない独裁者だ」って感じかな。
謝っていないのに「謝っているのに許してもらえない」と周囲に泣きついたりもする。
泣き喚いて、相手が信じてくれるまで同じことを繰り返し訴える。
信じてもらえない内は泣きながら「どうして信じてくれないのか、人でなし」と相手のことを罵倒するからたまったもんじゃない。
そこまで言うなら真実なのだろうと周囲の人は思わされてしまう。
こうして、また一つ別の巻き込まれグループが形成される悪循環。
自分が注意されたことは、その後、必ず同じことで他人を注意するのも特徴的。
理由は、自分だけが過ちを犯したのではなく、誰しもやってしまうことなんだと証明したいから。
つまり、他人の非は大袈裟に責め、自分の非は目立たないようにするんだな。
言い訳がうまい。
というか、言い訳しかしないといっても過言ではない。
その他、ヒソヒソ話を本人に見られようものなら大変だ。
「何?」と聞いてきて、答えれば広められるし、答えなければ本人の悪口と決めつけられて広められる。
どっちにしても「ヒソヒソ話」をしていたことは嫌なニュアンスを込められて広められてしまうのだ。
「もしかして自分は嫌われているのではないか」という小さな不安が耐えがたいので、ヒソヒソ話をしていた人達を悪者に仕立て上げておく必要があるから。
一方で、自分はヒソヒソ話が大好きなのにね。
最後に。
こういった対人操作性という概念をみんなが知っていたとして、本人のことを境界性パーソナリティ障害扱いすると、「ボーダー扱いされた!」等と大騒ぎされるので注意しておこう。
「診断できるのは医者だけなのに、勝手に決めつけて言いふらされた!」と言われてしまう。
ボクはパーソナリティ障害についてそこそこ理解している(どんだけわかっているのかは定かではないが)から、患者さんともそれなりの関係を築いていられると思う。
でも、それは「仕事」という決められた枠の中での話。
実際、日常では付き合ってられなくて振り回されてしまうこともしばしばある。
みんなも困った時には心理士に相
談しよう。