対象恒常性。 | F男の病的希求日記 「生きることとみつけたり!」

対象恒常性。


対象恒常性とは、同一の物や同一の人物は同じようにありつづけるという意味を表す言葉。


パーソナリティ障害、特に境界性パーソナリティ障害では、この対象恒常性が部分的に欠如しているんじゃないかと言われることがある。

見捨てられ不安にもつながってくるということを知っておいてやると、周囲の対応にもきっと余裕が出てくるはず。

余談だけど、幼児の「いないいないばあ」って遊びは、乳児が対象恒常性を獲得していないために成り立つ遊びなのだ。


例えば、今朝仕事に出かけて行った夫が帰ってきたら別人!なんてことは通常感じないでしょ?


もっと言ってしまうと、別の部屋に行った人間が出てきたら別人ということも起こり得ないとみんなわかっているし、自分が目をつぶっている瞬間に目の前の人間が入れ替わっているなんてことも普通考えないはず。


まぁ、化粧をしている妻と化粧をしていない妻は別人だ!詐欺だ!と主張する気持ちはわからんではないけど(笑)。


それでもどうにか気持ちを落ちつけて、妻という一人の同じ人間なんだろうと納得させられるのが普通の感覚。



つまり、対象恒常性とは見えていない時にも人や物(つまり対象物)は同じ状態でありつづけているはず(これを恒常性と言う)、という思い込みのことを言う。


なぜ、思い込みというかというと、確かに確率は物凄く低いけれど実は対象がすり替わるってことは起こりえるから。


物ならよく似た物と替えられてしまっているかもしれないし、人の場合は特殊メイクを施した別人と入れ替わっているのかもしれない。


超そっくりさんかもしれないし。

でも、経験上そんなことは起こらないとみんな思い込んでいる。


というよりも、思い込んでないと日常生活は送れないし、そういうレベルで人のことを疑いだしたら統合失調症という精神病の可能性が高いから受診するように。


人間ってのは正確すぎてもダメな生き物で、「だいたい同じ」という感覚が非常に重要なわけ。



境界性パーソナリティ障害やその他のパーソナリティ障害の一部ではな、どうもこの対象恒常性が獲得されていないんじゃないかというような一群がいると考えられている。


その場合は、丸ごとその人物が変わってしまったんじゃないかという疑い方ではなくて、その人物の気持ちが急に変わってしまったんじゃないかという内面の変化を疑ったりする形をとる。


そういう意味で、対象恒常性の部分的な欠如と言える。



もし、自分が見ていない間に相手の気持ちが変わってしまったのではないかと感じてしまったとしたらどうなる?


不安になるでしょ。


そして、変わったのか変わってないのか確認したくなるはず。


そうして、境界性パーソナリティ障害の場合は、頻繁に自分への気持ちを相手に聞くという行為に至って、それが度を過ぎて疎ましがられたりすることになる。


決して人を信用できないとか、悪気があってやってるわけじゃない。


結果的にはそう見えるかもしれないけど、当人達にしたら相手が本当に同じ人間なのか自信が持てないという感じらしい。


こういうところから、


「いないいない」と顔を隠すと、乳児はその人が本当にいなくなったように感じてしまって不安に陥る。


その直後に「ばあ」と顔を出してやると、乳児は「いたーっ♪」と安心して非常に喜ぶというわけだ。


おそらく「いないいない」の状態でその人がどこかに行っちまうことを繰り返したら、乳児は「いないいないばあ」の遊びが楽しくなくて泣き出してしまうだろう。