強迫性パーソナリティー障害。
強迫性パーソナリティー障害の患者さんの言い分は、正しく聞こえるんだけど何も全員がその通りやらなくたっていいじゃないか、と反論したくなる。
だけど、ちょっとでも反論したらそれこそもう大変。
本人は顔を真っ赤にして怒り、いかに自分が正しいかを主張するはず。
確かに言われた通りやってみると良い面はあるんだけれど、その実、手間が半端なく大変だったりする。
それでも、自分がこだわることは周囲の者にも強要する。
そのくらいになると強迫性パーソナリティ障害と言える。
問題点は、あまり生産性にこだわらないこと。
自分が良いと思ったことは徹底して行う。
それは、多くの人にとって許容範囲と思われる程度でも、本人が気になれば何が何でも突き詰めていくという感じなんだけど、もしかしたら、いわゆる「職人」と呼ばれる人達はこういうパーソナリティを持っているのかなとも思う。
だからこそ、本当に良い物を数少ないけれど作ることができるのかもしれない。
一方で、職人とは対極にありそうないわゆる「マニュアル人間」もひたすらマニュアルに沿うことばかりを周囲の者に強要していれば、強迫性パーソナリティ障害に当てはまってくるかもしれない。
改めて思うけれど、パーソナリティ障害は、その人の属する社会や文化、時代によって障害じゃなくなるということを忘れずにいたいもの。
あと、意外に思うかもしれないけれど、強迫性パーソナリティ障害の人の根底にあるのは「不安」なのだ。
態度として出ている傲慢さやふてぶてしさからは想像がつかないかもしれないけど。
小さな不安にも耐えがたいためにひたすら徹底する。
つまり、ちょっとでも弱気な部分を見せたら相手につけいられてしまうんじゃないかと思うからこそ、きっと大きな態度でいなくちゃならないんだろう。