おしゃれ雑貨を飾りたい✨




 

 

 お部屋がスッキリしますね(^^♪




 

 増やしたり小さくしたり(*^^*)




 地震対策にどうぞ‼️



7人分の家事とおばさん、いとこ達からの攻撃を交わしたり、交わしきれなかったりしながら2年が経ち進路を決める時期になりました。


その時の私は、高校生になれるのかなれないのか自分でもよく分からない気持ちでした。

勉強が嫌いだったので別に高校に行かなくても良いかなくらいに。


数日後にばあちゃんから電話があり、これ以上生活費は出せない事、高校の学費も出せない事、仕事をしてお金を稼いで欲しい。

そんな内容の話を聞いて翌日に担任の先生に進路はしないと言いました。


先生は今どき高校くらいは出た方がいい、お前の成績でも入学は出来るから進路したらどうだ?と言ってくれましたが、ばあちゃんに仕事をして欲しいと言われた事、勉強が苦手だから入学出来ても卒業までいけるか自信が無いと話をして就職する事になりました。


中卒でも意外とすぐ仕事が決まり地元の木工場で働く事になりました。

意外だったのは同じ中学の女の子も中卒で一緒に工場で働くということ。


しかし!この時すでに顔面偏差値で仕事内容に差がつくという世の中の世知辛さを知るのです。まだ15歳の私。頑張れ*(°̀ᗝ°́)و


同じ中学の女の子。ともちゃんはぶっちゃけ可愛かった!

学校ではほとんど話した事は無く、恐らく知らなかった。

ただ可愛かった(ㆁᴗㆁ✿)

面接の時点で私と、ともちゃんの作業場所は決まったようで、ともちゃんは静かで、キレイで空気も良く、暖かいプレハブの中で座って簡単な作業をしていました。


一方私は……ほとんど外な状況の木工場ででっかい機械に重たい木材を押し込んだり、おが屑だらけの作業をしたり、相手が何を言ってるか聞き取れないくらいうるさい工場で作業していました。(つд⊂)

危険な仕事も多く、頭から細かい木くずがかかる為、髪の毛はバッサバサで指が通らず、鼻をかめば粉状の木くずが出ます(;∀;)


ブスで体格も良いので、そっちに配属されたようです(笑)

ちなみにともちゃんは2年くらいで、妊娠を機に退職しました。

最初はおばちゃん達と和気あいあいとやっていたともちゃんでしたが、気に入らない事があったらしく、作業台に「くそばばあ」と書いたのが見つかり、そこから関係が微妙になったのも退職の理由だったようです。


当時、ともちゃんはワンルームの寮のようなトイレ共同、風呂無しの部屋に一人暮らしをしていて、すごく羨ましかったです。

私もいつか、おばさんちから出て一人暮らしがしたい!自由に暮らしたい!

おばさんちでトラブルがある度にその気持ちが強くなるのでした。(˘ω˘ ≡ ˘ω˘)


きったねー工場で働く私。

1年も働くと、おばちゃん達に可愛がってもらっていました。

お菓子をくれたり、娘さんの服をお下がりでくれたり。

中にはお小遣いだと1000円をくれたり(°д°)エッ


家では嫌な事があっても優しいおばちゃん達にいつも励まされていました。

当時50~60歳だったので今は高齢なので会うのは難しいけど、あの時の事とても感謝してま

す。