人生を「階段」に喩えます。ずっと登っていくと、天上界へ続いている。

生まれたときが階段のいちばん下と思ってください。

そして、途中まで登ってきた今日という「現在」から下を見ると、今の自分はいちばん高いところにいます。

したがって、ああしなければよかった、こうしなければよかった、と悔やむことは意味がありません。

その時点での人生の最高峰にいたのだから、その時点で最高の選択をしたということ。

その決断しかできなかったのです。

しかしなぜ悔やんでしまうかというと、さらに登ってきた「今の私」からみると、それより低いところにいた過去の私は、未熟に見えるから。

それは当たり前で、未熟に思えないほうがおかしい。

だから過去について、後悔も反省もしなくて良いということです。

ところがこの人生という「階段」において、上を見ると、今の自分は、実はいちばん低いところにいます。

だから、常に「今の私」は謙虚になることが重要。「反省」のかわりに「謙虚さ」が必要なのです。

そのときには、100%その行動しか選べなかった最高の選択なのだから、過去を振り返る必要はないのであり、

そんなことにエネルギーを使うよりも、未来の自分に対して、今の自分がどれほど未熟であるかを認識しながら生きていくことにしましょう。

究極の損得勘定
P180
小林正観
宝来社
あなたの毎日にはいろんな巡り会わせで、あらゆる出来事が起こってまいりやす。

そのひとつひとつがすべて

何も無駄ではなく緻密に計算された寸分の狂いもない、今のあなたにぴったりの贈り物でございやす。

ええ・・

全部「頂いて」いいんっすよ。

あなたへの「贈り物」ですから。

ありがたく頂戴いたしましょう。

「ちっ」と舌打ちしたくなるコトもありましょう(笑)

「何で俺なんだよ」「どうしてアタシなのよ」と思うこともたっくさんあるでしょうが、

どれもこれもみなあなたの人生にきち~んとピタッとはまるようにできておりやす。

目の前にあるものをあなたが思いつく一番いいと思うやり方で片づけていけばいいんですよ。

全部OKっすから !


ひとせら
今すぐあなたを元気にするひとことセラピー
P77
山志多みずゑ
大和書房

一休禅師が亡くなる直前に、三巻の巻物を弟子たちに遺しました。

そして・・「この先、私が亡くなった後本当に困り果てた時にだけ、これを開けなさい。

それまでは絶対に開けてはならない」と遺言し、遷化されました。

何年か後に、寺に大問題が持ち上がり、寺の存亡の一大事になりました。
  
弟子たちは、知恵の限りを尽くしましたが、妙案を思いつかず、どうしようもなくなってしまいました。

そのとき、一休禅師が遺してくれた巻物のことを思い出して、恐る恐る紐解いてみると、その巻物にはこう書かれていました。

一巻目・・大丈夫

二巻目・・心配するな

三巻目・・なんとかなる

それを見た弟子たちは、あっけにとられ、笑い出しました。

そして、そのときに素晴らしい解決策を思い浮かべました。「なんとかなる」と信じていたら、本当に「なんとかなる」ものです。
  
「なんとかなる」だけではなく、人生は思いようで、本当は「なんとでもなる」のかもしれません。

ななちゃんが敬愛する松浦英行さんの素敵な言葉があります。

あなたが選んだ道。あなたが決めた生き方。

それ以下でも、それ以上でもない人生をあなたは歩んできたし、これからも歩んで行く。

途中で何があっても、大丈夫。それは、それでよかったこと。

行く道に、こだわらず。行かなかった道にも、とらわれず。

深刻に考えて歩もうと、笑い飛ばしながら走ろうとその道程は違っても、ものごとは、落ち着くところに落ち着くようになっている・・

人生には・・いろいろなことが起きます。

ちょうどいいときに・・ちょうどいいことが起きます。

そして・・どんなに絶望的なことが起きても・・勇気をもって・・「なんとかなる」と思って・・自分を信じてあげてね。

大丈夫・・心配するな・・なんとかなる・・

一休さん・・ありがとう!

HPななちゃんの心の宇宙
メッセージ230引用
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焦らないで!

あなたは大丈夫だから・・^^v