すっかり放置のブログ。
書き込まなくてもいいことなんやけど、自分に残しておきたいから軽く書いてみる。かなり嫌なことかくから不快な思いさせるかも知れません。
2月26日、母の体調不良で姉が病院へ連れて行き
末期がんの告知、余命宣告。もって3ヶ月…
そのまま入院した。次の日見舞いに行くけどもう話すのも辛そうに。
すこし入院させたけど、辛そうやし病院大嫌いで自宅すきやから自宅で看取ろうと兄姉オレの意見。
親父は何にも役に立たない
3月4日に退院、自宅介護始まり初日は休みやったオレが8年ぶりくらいに実家に泊まる。
家族に泣き言言わない母が「痛い、ツラい」の言葉が。痛み止めの薬を飲ませて落ち着かせる。
深夜までそれの繰り返し、もうホントに苦しそうでみていて辛かった。
朝になればもう薬も水も飲みにくくなってた…
昼過ぎに回診に来てくれた医師からもうあまり時間ないと…なんとか延命させるかもう自然に任せるかと決断して欲しいと医師からの言葉。
何にもしない😡クソ親父は「少しでも延命」看病してる痛がって辛そうなのを見てる姉兄オレは
「もう楽にさせようと」となりそうなる。夕方帰宅する。その日の深夜、交代で泊まり込んだ姉からすぐに来い❗️と連絡
会社に電話して休ませてもらい実家にすぐ帰宅。
もう眠ったままそのまま息を引き取りました。
ひとしきり泣いた後、葬儀その他の行動に、
兄の会社関連の葬儀社にお願いすることに、
5日間の忌引きとなり2日実家で母と過ごしながら、実家の片付け葬儀の準備。何にもできない親父に食事取らせる。たった2日の自宅介護、子供達に迷惑かけたくないとなったんかなと姉と話す、でも一晩だけやけどお母ちゃんと久々に過ごせて楽しかったよ
実家で母と過ごして、8日に湯灌のため家を出る母を見送りに近所の方がいっぱい来て見送ってくれたの嬉しかった。
出発の日、暖かいお日様
9日夕刻からお通夜、孫にあたる子供達が全員来てくれた。そのままほぼ寝ることなく母と最後の夜を過ごして10日の葬儀。
最後のお別れしました。小さくなって実家に帰って来ました。
母の体調、本人かなり苦しかったと思うけど我慢強いからか、全然気づかなかったそれがホントに悔い残る、もっと子供達を頼ってくれたらいいのにな
もっと一緒に過ごしたかったし、
もっと一緒に美味しいもの食べに行ったり、旅行行ったりしたかったなぁ、
もっともっと親孝行になるようなこともしたかった、本当にいろいろ悲しい。
心配しいやけど、何にもできないクソ親父のこともみんなでなんとかするから気にしないで天国でゆっくりしてや
お母ちゃん今までありがとう、大好きやで。
PS 亡くなった3月6日は親父の誕生日
狙ってたんやろなぁ













