昨日早朝、とばっちより メールがあり 小泉に民間ボランティアセンターがあるとの連絡をもらいました。
小泉地区は 国道の橋が崩落し 孤立した地域です。
そして、この地区は 震災後、仲良くなった方の地元でもありました。
すぐに 調べて連絡すると 非常にお困りの様子。
すぐに 現地に向かいました。
小泉地区は合併後、気仙沼市になってはいますが 南の端に位置し 南三陸町に程近い所です。国道が寸断されているので 山の迂回路を通り、小泉地区へ…。
…。心臓が痛くなり、その光景は 市内のそれとは全く違いました。彼女が“まるでクレーターゾーン”と言っていたのを思い出します。
市中心部から 約1時間掛け 避難所にある 小泉浜災害ボランティアセンターに到着。
そこには ご年配を中心に72名が避難されていますが 地区内3ヶ所380名分の食事はこちらで作っているそうです。
しかし、電気も水道も復旧していない中の作業は非常に大変そうですが ボランティアの数は5~8名程度とのことでした。
『ここは、コミュニティがしっかりしているのでニーズが多く、答えきれない。』
そうお話ししてくださったのは 岐阜県からいらしたNPO法人の代表の方。
気仙沼社協ボランティアセンターに人員の要請をしたが 対応してもらえず やむなく 独自のボラセンを立ち上げたものの ボランティア保険の対応もしてもらえなかったそうです。
気仙沼社協は『こちらまで来てください』と 言われたそうですが 1日だけのボランティアさんもいる中、往復3時間近く掛けて保険の加入だけに行くわけには行かず なるべく地元社協でボランティア保険に加入してから現地に入って欲しい。とおっしゃっていました。
気仙沼社協が見捨てたんだ。
そう感じずにはいられませんでした。
もちろん、規定があるのはわかります。でも、方法を考えることは出来なかったのでしょうか?
笑顔でオフィスワークをしている気仙沼社協。
ニーズがなく ボランティアさんを帰しているのにもかかわらず、『こちらも人手が足りないので…』と断ったのは どうしてでしょうか?
民間だから?
でも、気仙沼社協さん、そちらも 民間ですよね。
話は戻り・・・。こちらのボラセンの特徴は 避難所で 避難者のみなさんと寝食を共にすること!
もちろん 最初に 滞在期間相当分のなにかの食料や物資(自分で考えるのではなく現地に聞こうね)を持ち込み 居候させていただく感じです。これも 少ない人数だからこそですが 『自己完結ってよく言いますが ココで一緒に生活することでの利点はたくさんある』そう話してくださいました。
その1、無駄な食材を資材を使わない・・・一人分て 不経済ですよね。
その2、時間にとらわれず 活動できる・・・みんな起きてから 寝るまで率先して働いてくれるそうです。
その3、避難者との距離が近い・・・助け合いとは よく言ったものですよね。
その他、数え上げれば きりがなくなりますが 土地柄を生かした支援の姿がココにありました。
同じじゃなくちゃいけない。阪神では・・・中越沖では・・・みなさんが言います。もちろん 素人にはマニュアルも大切ですが 枠に収まらない その地域にあった支援を!!
なんで こんな当たり前のことが 出来なくなってしまったのでしょう。
『ココではビニールハウスの撤去やお店の修理も手伝っています。』
え?いいんですか?社協では 絶対やらないことです。
『だって復興のためには産業が成り立たないと!』
おっしゃるとおりでございます!
はっきり言って 普段なら 商業目的は・・・というのは納得できますが 時は有事です。
事業主だって被災していて 口座のお金はおろせても 当座預金がおろせないと よく聞きました。
みんな苦しいのに・・・。
お話を聞いているうちにお昼になり・・・『食べて!』と ごちそうになってしまいました。
私に出来ることがあれば!と訪れた 小泉浜災害ボランティアセンター、わたしの方が命の洗濯をさせていただきました。
わたしは わたしに出来る支援を約束して 小泉を後にしました。
帰路はまた 何もなくなり 道なき道をなめるように走って行きました。
問合せ090-8862-7999 川上
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本当にありがとうございます♪
友達のお姉さんが今、気仙沼でそういう風にボランティアしています!
ブログ拝見しました。 被災者のためにがんばっている方もいるので何ていったらいいかわかりませんが食物アレルギーの物資をそのままにしておくなんて…
こういうことはキチンと早く対応しないとダメですよね
救援物資も避難所によって格差があるみたいだし…
