今日(2010/12/10)付けの朝日新聞社会面に掲載された記事です。

そしてこちらは同じ新聞の地方面に掲載された記事。…窃盗はダメです!が…

正直、私もこの加害者と同じ衝動に駆られることがあります。最近は、警察ですら「深追い」をせず、作為的に追尾を取りやめる時代。それは事故を防ぐため…なんですが、本来、事故を未然に防ぐために取り締まりをしているんです。違法行為を速やかに止めさせるために手段を選んでいては、事故が起きてしまうんです。
では何故、追尾を放棄せざるを得ないんでしょうか。それは、暴走する連中に何かがあると、責任を問われるから。では誰から責任を追及されるんでしょうか?…親から?私は「違う!」と思う。「メディアから」だと。
報道各社は、「自分は正しい」という立場で、暴走行為をするガキの親を擁護する。やれ「人権だ」やれ「警察権力の域を超えている」やれ「過剰な取締りだ」と。
それは「死刑廃止論」と同じく、そういう思想があっても良いとは思います。しかし、現行法がある限り、死刑は行わなくてはならないし、行うべきだと考えます。「悪法も法なり」ということです。ただ、言えることは、誰しも死刑制度が「こりゃ、良い法律だ!」と考える人なんて居る筈がないのです。でも!必要なんですよ!
さて、話を元に戻しますが、
如何に過剰な取締りだと思えても、作為的・計画的に、悪意があって法を蔑視する行為に走るバカどもは、警察が市民に成り代わって退治すべきなんです。それができない環境だからこそ、フラストレーションが蓄積され、上のような悲劇が起きるんです。この両被告は、市民のために人生を台無しにしてしまいました。そうさせたのは、警察を「過剰に」抑止するマスメディアとそれに踊らされる世論の存在です。私だって、あなただって、堪忍袋の緒が切れた瞬間に、この被告席に座っているかも知れません。今、それを行動に移さず黙ってブレーキを踏み、暴走行為を見て見ぬ振りをしている自分のことを…「オトナじゃん」「良識がある」「金持ちケンカせず」「君子危うきに近寄らず」なんて思っていませんか?
では、「危うき」は罰するべき?放置すべき?捕まえ、罰するのは誰?汚いこと、険なことは他人まかせ?…そうですね。「悪法も法なり」です。警察に任せましょう。でも、任せるからにはごちゃごちゃ言わず、バカどもを捕まえて貰えばいいのです。
警察権力は国家権力とは違います。「大きな国家権力」は「北」を意味します。警察権力が弱まると治安が悪化し、自警団が暗躍します。暴力団の「みかじめ」行為です。あるいは「ハンギング」…私刑です。
今回の二つの事件は、短絡的ですが「ハンギング」にあたります。これを禁じるのであれば、警察に徹底追尾や「撃ち殺してでも」事故を未然に防ぐ権利を与えるべきです。でなければ第三者を巻き込んだ悲惨な事故が発生します。
家の前の道を早朝・深夜に爆音通過するクルマのドライバー。
免許持ってれば、道路交通法、ルール、マナーを知っているはず。
ぶっ殺すぞ!
…そんな衝動に駆られませんか?
大丈夫。あなたは正常です。