こんな記事が載った。
【第1弾】
 
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厚生労働省といえば、国民が収めた年金で不要な「天下り施設」の箱物を多数つくり、運営能力がなかったため二足三文で売り飛ばし、多大な損害を出した集団。国民の官僚不信発祥の地である。これが発端で「老後は年金に頼れない」状況が生まれ、国民はナケナシの貯蓄を余儀なくされてしまった。その結果、消費が低迷してデフレに陥り、長期継続的デフレ(デフレスパイラル)へとつながったという認識は間違っているだろうか?
 
その集団に対して「国民の代表」である国会議員が監視の目を向けることは当然の職務だと感じるし、厚生労働省におごりがあるから厚生労働大臣が「組織の長として」政務三役を派遣したと認識したのだが、官僚がその政務三役に対して「おごりを感じる」ということが、言うところの「逆ギレ」ではないのか。
 
産経新聞に限っての事ではないのだが、「Aに対してBがこのように発言した」という事実を伝えるべきマスメディアが「逆ギレ」などというワイドショーみたいな低俗極まりない言葉を面白がって(しかも誤って)使うようでは、国民は何を情報源としてどう判断すればよいのか、無責任にも程がある。
 
今回の産経新聞の「逆ギレ」表現は、政治不信をあおる行為であると取られても仕方ないのではないのか。皆さんのご意見は?
 
 
 
 
 
【第2弾】
 
政権交代後、初の死刑執行 突然の千葉法相の死刑執行命令に与野党から批判の声
7月28日18時52分配信 フジテレビ
政権交代後、初の死刑執行がさまざまな憶測を呼んでいる。これまで一貫して慎重だった千葉法相が28日、「2人の死刑を執行した」と発表した。10カ月以上が経過した民主党政権で、突如行われた初の死刑執行。その会見は異例づくしだった。千葉法相は「自らが命令した執行でございますので、それをきちっと見届けることも私の責任だと考え、本日の執行に立ち会ってまいりました。死刑の執行は、適切に行われ...」と述べた。異例の法相立ち会いのもとで死刑が執行されたのは、2000年6月に栃木県の宝石店で女性6人を殺害した強盗殺人の罪などで死刑が確定した篠沢一男死刑囚(59)と、2003年に埼玉県で男女2人を殺害した罪などで死刑が確定した尾形英紀死刑囚(33)。さらに千葉法相は、これまで公開されることのなかった死刑を執行する刑場について、「東京拘置所において、(刑場への)マスメディアの取材の機会を設けるよう、私から今、指示をしたところでございます」と述べた。千葉法相は死刑廃止論者として知られ、これまで執行命令書にサインすることはなかった。突然の変節に、同じ死刑廃止論者の国民新党の亀井代表は「『千葉大臣、お前もか』。ブルータスお前もかじゃないけど、女心と秋の空か」と述べた。亀井代表は、個人の感想としながらも、「信念を曲げた」と千葉法相を批判した。また、社民党の福島党首は「きょう、死刑の執行がされて、極めて残念です。自民党政治と、いったい何が変わったんでしょうか」と述べた。一方、福田内閣で13人の死刑執行を命令した鳩山邦夫元法相は、「正義のために死刑を執行したのではなくて、自分があと何カ月か法務大臣に居座り続けたいがために、批判を受けて執行したと」と批判した。先の参院選で落選した千葉法相に、民主党中堅議員からも、「最後のご奉公だ。何で死刑を執行しないんだと批判されていたから、払しょくしようとしたんじゃないか」、「千葉さんはもう、政治家じゃないから」などといった声が聞かれた。自民党の大島幹事長は「国民の皆さんが議員としてふさわしくないと判断されて、落選されました。現在問われている立場として、違和感を覚えます」と述べた。議員バッジを失った千葉法相の死刑執行命令に、野党の攻撃の矛先は菅首相に向けられた。公明党の山口代表は「菅首相の任命責任があらためて問われると思います」と語った。

28日の死刑執行によって、死刑確定者は107人になった。本来、死刑の執行は、再審の請求がある場合を除いて、刑事訴訟法によって、判決確定から6カ月以内に行われるよう定められている。しかし、法務省によると、死刑確定から執行までの平均期間は過去10年間で5年11カ月となっている。
 
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フジテレビによる、この報道は、記事の中に出てくる政治家たちはハチャメチャなことを言っているのだが、それらを整理して正確に、明確に伝えている。一つ一つの良し悪しを判断するのは受け手である国民なのであって、発言そのものには「表現の自由」がある。そして何より、この報道は「何か」を隠していない。死刑執行そのものを隠したり、批判した人の名前を伏せたりといった「政治的配慮」が見当たらない。これでよい。
 
◆◆◆報道における表現の自由とは、このような事ではなかろうか。同じフジ産経グループで、これだけ 姿勢に違いが生じているのは、ただ単に、管理職の危機管理能力によるところが大きいのだろう。