いやぁ、また歳とっちゃった。

会社から戴いた誕生日ケーキ、会社の冷蔵庫から取り出すときに
箱に入った状態で倒しちゃいまして…。

こんなになっちゃいました。

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会長、ゴメンナサイ !!


ところでここからはカメラの話。
ウチの兄貴とのやりとりなので、読みたい方のみ読んで下さい。

またメールのやり取りの一片なので、話が唐突ではありますから不親切なところはゴメンナサイ。

                         ♪


51点で測距しても、51点で露出補正するわけではない、という落とし穴。
優れた性能に「間違いはない」のか?優れた性能に「越した事ない」のか? … どちらも「否」だと考える。

 1コマのスチールでは全体の露出は1つしかないわけで、詰まるところ平均測光であれ、中央測光であれ、複数点測光であれ、最終露出はひとつ。露出というのは(感度が一定だとすれば)絞り値とシャッタ速度との相関なので、どういう方式であっても、自ずと同じ結果に導かれる。違いがあるとすればPかAかの表現の違いということになる。デジタルであればここで、ハイライトやシャドウやその中間のどこに基準点を置くかという判定を行い、「補正」するやり方はある。アナログでは、撮影の時点でそれを撮影者自らが判断して何処で測光するかを選定するのだが、その時に便利なのがスポット測光であり、三脚固定の撮影では単独の露出計が有利になる。

 一方測距では、動体測距の判定をするための複数点測距というものが考え方としてはある。
けれどもそれがアマチュア機に必要かということ。

 そもそもこの手の機能を必要とする人はかなり限られたユーザーということになるのだが、そういう人にしてみれば、100回使って100回、正確に動体にピントが合致すれば良いが、1回でも外せば「ヤッパ機械はバカ」に終わる。そのリスクを負ってまで開発しなければならない程の機能なのかと考えてしまう。商品開発はコストというカタチで商品価格に反映されるからだ。それよりも、もっと裾野を広げる方に視点をズラしてはどうか、と。現在のカメラはデザインや質や素材といったものが、いまひとつ工業製品に終わっている。昔は、オペラグラスのような(今は単なる双眼鏡)ものでさえ、優れた工芸品であり芸術作品でもある。

そもそも素人が持つカメラなんて、趣味=嗜好の物なわけで、言い換えれば工芸品や芸術作品であるべきものなのかも知れない。

写真のデジタル化が進んだ功罪を考えるならば、フィルム・スチールカメラの時代に比べ、カメラ人口は飛躍的に伸びた。しかしアートする道具とも言えるカメラが、画一した機能・デザインに終始しているのはどうしたことか。電子部品の総合体として「家電製品」に化したカメラは、ご多分に漏れずOEMや部品のアウトソーシングが進み、都合、画一化してしまうということは想像にた易い。

かつてのバルナックス・デザインを踏襲した、というより模倣したデザインにデジタル基板を移植するといった遊びの心や、たとえばNikon FやF2・F3のようにフィルムバックが取り外せるカメラの、フィルムバックに取り付けることができるデジタルスチールパーツなんてのがあっても良いのではないか。

 かつてメーカーの先輩諸氏が創り上げた「名機」を博物館行きにさせず、使い続けられる名機として名を覇すチャンスでもある。