HCUに移動し、普通の酸素マスクになり、食事も普通食で、心電図、指先で酸素量を計り、点滴を5本、そんな状況ながら、思う事は、手術にあたってくれた先生方と看護師さん達、ICUやHCUで向き合ってくれた看護師さん達、今回はヤバイ状況になったせいか、命に向き合ってくれている事に感謝の気持ちが強かった。
翌日3日目に
『今日、一般病床に移ります』
と伝えられました。
マジ? 早いなぁ、安定しているのか、受け入れてる患者さんが増えているのか…
なにはともあれ、これでチビっ子達が面会に来る事ができる。
HCUに移動し、普通の酸素マスクになり、食事も普通食で、心電図、指先で酸素量を計り、点滴を5本、そんな状況ながら、思う事は、手術にあたってくれた先生方と看護師さん達、ICUやHCUで向き合ってくれた看護師さん達、今回はヤバイ状況になったせいか、命に向き合ってくれている事に感謝の気持ちが強かった。
翌日3日目に
『今日、一般病床に移ります』
と伝えられました。
マジ? 早いなぁ、安定しているのか、受け入れてる患者さんが増えているのか…
なにはともあれ、これでチビっ子達が面会に来る事ができる。
ICUで聞かされた事
『今回は心筋梗塞でもかなり重症の部類です、入院も長くなる事を覚悟して下さい』でした。
午後になり、違う町で働いている長男も駆けつけてくれました。
しかし、翌日の朝、聞かされた事は
『今日、HCUに移動します』
でした。
どうやら、数字的には安定していたようです。
HCUに移動し、看護師さんから
『ここにはテレビもあり、携帯も持ち込み出来るよ』
と教えてもらいました。
まぁ、ベッドからは動けないので、テレビは見ないかなぁ?
しかし、家族と連絡取れるのは嬉しく、携帯を持ってくるように連絡してもらいました。
嫁ちゃんは『病院からの電話だったから、めちゃめちゃビビった』と言ってました。
この日は面会時間を少し過ぎていたため、看護師さん達のはからいで、少しだけならと、チビっ子達にも会う事が出来ました。
嫁ちゃんには『ICUでは、手も顔も真っ白で触っても冷たく、呼吸も機械任せで、コレで本当に生きているのか?』と思っていたそうです。
マスクも変わり、ゆっくりなら会話出来たので、安心したと言ってもらえました。
手術が終わり、ICUに入り、嫁ちゃんと次男坊と少しだけ会えて、自分の中では、何時なのかも、どうなるのかもわからずに、ただ呼吸と格闘しながら、とんでもない数の点滴や機械が付いてるなぁと思っていました。
看護師さんから
『お昼ごはんは食べられますか?』
の問いに、ただ首を横に振る事しか答えられず、この時わかったのは、今がお昼くらいなんだ…という事。
それからしばらくして、無理矢理空気を送り込むマスクの方が苦しいのではないか?と思うようになり、看護師さんが
来たタイミングでマスクをずらして、普通のマスクにしてもらうわけにはいかないか?と交渉。
指先で計る酸素量やら、色々なデータをもとに主治医に聞いてみてくれるとなり、主治医の答えは、やってみてダメなら元に戻すという事で、許してもらえました。
やっと普通の酸素マスクになり、ゆったりと呼吸できるようになり、看護師さんから、手術中の話を聞きました。
『手術中にね…心停止して電気ショックと心臓マッサージをしたんだよ。あの状況は何回見ても良いものではないし、帰ってきてくれて良かった』
と言われました。
あの、頭のまわりで呼ばれてた時はその後だったんだ…
と知りました。
結局、普通の酸素マスクのままで深夜の3時頃に苦しさが消えたように感じました。