みなさん、こんばんは


また勝手に出てきたんで、ユーチューブから昔のプロレスの試合ね。


もう飽きた人は「まわれ右」してね😀





「ジャイアント馬場 vs ラッシャー木村」


これ当時、ジャイアント馬場が全日本プロレスの総帥で、ラッシャー木村が国際プロレスの総帥だったころの試合だと思う。


VTRを見ると「昭和50年」て出てくる😀


俺、そのとき「5歳」だよ。


保育園で「芋掘り🍠」してた頃だ🤭




で話を戻し、これ「昭和50年」だからね、まだジャイアント馬場もラッシャー木村も「全盛期」のころでね(歳はしょうがないよね😞)


ふたりは生涯現役を貫いたからね😅




でそのセコンドに、国際プロレスのほうは「マイティー井上」や「冬木弘道」がついてるんだよね😄


これのちに全日本プロレスで台頭してくるからね。


ラッシャー木村も全日本プロレスではジャイアント馬場と組むようになるしね。


プロレス界もすべてが運命で、このあと国際プロレスは崩壊するからね😞





で試合のほうは、チョップや張り手と言ったオーソドックスな展開。


木村が馬場の長い足を取って(ラッシャー木村はこれがうまいからね🤭)トーホールド。


馬場も終始チョップ、逆水平。


でことあと馬場が16文キックや河津落としを、木村がラッシングラリアットやブルドッキング・ヘッドロックを出すのかと思ったら、


あのアブドラ・ザ・ブッチャーが出てきて、試合をぶち壊し🤭


俺「えっ!」て思ったよ😄




今の時代に「こんなプロレス」をやったら、「金返せ!」て暴動になると思うんだけど😅お客さん「誰も怒らない」🙃


まぁ「オープン選手権」てなってるけど、


これ今でいったら、全日本プロレスの「チャンピオン・カーニバル」にあたるんだと思う。


1975年の試合だからね、馬場も木村も、ふたりともまだ若い😄


今の私より、「若いな」🤪





このシリーズ続けるよ、もう勝手に次から次へと出てくるから!


もう「私にブログに書いてくれとばかりに」🙃⤴️



それでは


あつし