暗闇と同化する名目の下に ソソクサと扉をあけて 重苦しいほどの寒さの中へ身体を委ねる。

月に数度の酒屋までの散歩の開始である。

俺の行き付けのワイ酒店は18時を過ぎた頃には土方帰りの連中やインテリ爺さん、家事を放棄した婆さん等が集まって活気に満ち溢れる。

一合のコップの下には懐の深い小皿があってコップから溢れた酒がそいつに並々と溜まるほどに店の主人は一升瓶を傾け続ける。笑顔と百五十円とを主人に預けてそいつを頂く。

石油ストーブで冷えた足腰の尻の方を暖めながらキューっとコップの中身を呑みほし小皿の残りをまたコップに移す。
空腹の胃袋に染み渡る工程を得たら あとは流れのままに時を刻めばいい。俺曰く 此処は現代の鹿鳴館。酔っ払いの溜まり場なのさ。

あら。またエム氏が肩を並べてきた。そして いつもの様に挨拶代わりにセブンスターズを一本勧めてくれる。俺がくわえると儀式のようにライターで火を着けた。彼の一言でまた煙草を当たり前のように呑んでいる。

(死んじまったら煙草吸えないんだぜ。生きてる時しか煙草 吸えないんだぜ。)

アンタの言う通りだよ。
ガス欠のポンコツにオイルを注ぐイメージで深々と幻想的なそれを吸い込んで チビリチビリと舐めるように酒を呑む。

この鹿鳴館には高僧の説法よりも分かりやすい理論の上に会話が成り立っていて理屈が無いから気持ちがいい。

コップ酒 二杯呑めば お使いのアイスクリームを買って 酒とは縁の無い家族のところに戻っていく。

本日 俺の一年がスタートした